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信じるものは救われる

2016年02月29日 16:30

 北海道大学病院 婦人科
小林範子

 ピョコピョコピョコ...と、元気な胎児の心音。「おめでとうございます。妊娠ですね」と、いつもにこやかに対応したいところ。とはいえ、たまにギョッとすることに遭遇するもの。さすがに笑いがぴきっとひきつる瞬間もある。

 めでたく妊娠反応陽性ということで外来を受診された28歳の女性。今回が初めての妊娠である。最終月経から計算すると妊娠週数はまだ若そう。

「こんにちは」

 細身でベビーフェイス、新婚間もない初々しさである。スカートの下からのぞく下腹部がすでにぽっこりとふくよかであるのがちょっと気になる。しかしスリムに見えて意外と内臓下垂の女性が少なくない昨今であるし、最終月経の記憶違いで妊娠週数が計算とあわないこともよくあること。

 触診では、おなかは全体的に硬いのだが、なぜか上の方はふんわりとやわらかい。腟からのエコー検査を行ってみたが・・・おかしいな、なんだかちっともよくわからない??当然見えるはずの胎児も消息不明である。どこへ行ってしまったのやらと大捜索するも見つからず。これはもしや・・・とイヤーな予感が頭をかすめる。おずおずと経腹エコーに変更。やはり・・・。

 どどーん、と下腹部中央を占めていたのは、直径20cmもの巨大な子宮筋腫。まるで、ここが私の場所よ、と言わんばかりの堂々とした存在感である。その上にちょこん、と申し訳なさそうに子宮本体がのっている。ようやくおへその左上方に胎児を発見!イメージとしては、ちょっと左に傾いた雪だるまの顔の部分に胎児がいる感じでしょうか。胎児心拍が確認できる位置は、常識的にはけっこう下なんですけどねえ。

 目の前の患者は妊娠を喜び、笑顔を隠しきれない。一度も産婦人科を受診したことがないため、子宮筋腫をよく知らないようである。ひと呼吸おいてから説明に入る。「ふつーは子宮のてっぺんがおへその高さにくるのは、妊娠20週なんですよ。○○さんはおおーきな筋腫をもっているので、まだ妊娠8週なのにこーんなに上で赤ちゃんが育っているんです」と言ったところで、そうピンとくるお話ではない。あまりに巨大な子宮筋腫のおかげで、子宮の入り口もどこだかわからない。万が一流産になっても、下から取り出すことすらできないのである。いやはや大変な事態だ。

 こちらは、果たして何週まで妊娠週数をかせぐことができるか、あとは神のみぞ知る、アーメン、という心境なのであった。相変わらず患者はニコニコとしている。はああ...。

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 とはいえ、患者にいくら病識がないからと言って、起こりうる合併症をあらん限り並べたててコンコンと言い聞かせることは、かえって恐怖感を植え付けるにすぎない。患者のキャラクターにもよるのだが、マイナスイメージをがつんとインプットしてしまうと、その通りに良くない結末に流れてしまうことも多いのだ。

 この症例は、妊娠28週に切迫早産で入院したが、粘りに粘って、驚異的に妊娠34週までもちこたえることができた。早産ではあったが帝王切開で元気な赤ちゃんを授かることができた。こちらは内心ヒヤヒヤものであったが、「かならず大丈夫」とひたすら励ましを徹底した日々であった。

 結果が御の字で良かった良かった。

[PharmaTribune 2010年10月掲載]

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