
北海道大学病院 婦人科 小林範子
いまや少子化時代になり、出産は一大イベントである。
リラックスできる快適な環境で、家族立ち会いが一般的。陣痛室と分娩室が一体となったLDR※も多く、一見普通の部屋が一瞬にして分娩室へと変貌する。出産時には家族とスタッフはすばやくカメラマンに変身し、写真撮影。シャッター音がリズミカルに鳴り響く。へその尾がまだ切れないうちから、片手で器用に弾丸のごとく携帯メールを打ち、撮影写真をすぐにメールで送付している女性もいる。退院前には、有名レストランなみのお祝いディナーに舌鼓。疲れた身体にはアロママッサージをゆるりと堪能。
※Labor(陣痛)、Delivery(分娩)、Recovery(回復)をひとつの部屋で過ごせるシステム
患者さんや家族にとって、いまや病院の評価は、診療内容よりもサービス内容重視なのだ。笑顔の足りないスタッフは減点。患者アンケートで思いっきり叩かれる。
出張病院で出産対応に呼ばれ、分娩室に入ると、目の前に広がるのは別空間。イルカが青い海でゆっくりのどかに泳いでいる。ひるがえって泳ぐ動きがなんともたおやかで、呼吸は自然と穏やかになる。暗く静かな部屋で、テレビ画面に大きく映し出されたイルカと、紺色に照らされた天井と壁。その中にいると、宇宙の小空間にたたずんでいるようである。
アルファ波が誘導されそうな心地良いミュージックを背景にゆるやかに時間が流れ、赤ちゃんが産まれる。充実感が部屋中に広がり、喜びを共有する夫婦と元気なうぶ声をあげる赤ちゃん。こんな光景が珍しくなくなった。

しかし、お産は百人百様。
分娩室のはるか遠くから、陣痛が始まったばかりだというのに「キャーッ、おなかきってー」という声が聞こえてやまないこともある。ひと昔前であれば、「痛くないと産まれないのよ」となだめ諭しながらすすめたものだが、今は付き添っているのがしのびない家族の方から、「痛がっているんです。早くらくにしてやってください」と帝王切開を希望してくることもある。
「ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」上手にいきめない妊婦に、助産師が猛然と喝を入れていた光景が懐かしい。当時はその圧倒的なパワーにいささかたじろいだこともあったが、厳しくもあり励ましでもある、あの「喝」の声がだんだん聞かれなくなってきた。
今は何においても優しさのみが求められ、愛情あふれる厳しさが理解されないようになってきていることをふっと寂しく感じる。
出産を通して時代の流れを感じるのも、年を刻んできたせいなのだろうか。まだまだ若いつもりでいるのだが。
[PharmaTribune 2010年12月掲載]