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忙中閑なし〜作り置きレシピの光と影の巻

2016年10月21日 08:30

 先月から他の店舗に勤務することになった。勤務時間は同じだが、通勤時間が長くなり、帰宅もそれまでより20分ほど遅くなった。子供の学童保育のお迎えは夫に任せてあるが、問題は夕食の準備だ。帰りが20分遅れれば、当然夕食の準備も遅くなる。

 「まあ、たった20分だし」と思っていたが、甘かった。なるべく簡単なもの――例えば豚丼と味噌汁とか、市販の『白身魚のハーブ焼きのもと』をまぶして焼いて、付け合わせにサラダとか――をササッと作るつもりが、どうしても慌ただしくて気ばかり焦ってしまう。

 夫が「僕の方が早く帰れるから作ろうか?」とは言ってくれたものの、「じゃあ、お願いね」という気には到底なれなかった。なぜなら、夫は大学時代に御両親が10日ほど海外旅行に行っている間、ゆでたキャベツとジャガイモだけという食事を続けていて、すっかり体調を崩して寝込んでいるところを帰宅した御両親に発見されるという前科があったからだ。

「本人は『風邪をこじらせただけ』と言ってたけど、あれは絶対、栄養失調よ」

 当時を振り返った御義母上(おははうえ)様のお言葉である。

 今でこそ、少しは『献立』というものを考えるようになって、鶏肉に塩コショウをふってフライパンで焼き、レタスやトマトを添えて食べることも覚えたようだが、他に料理らしきものは作れない。私と夫だけならまだしも、8歳の息子に片寄った食生活はさせたくない。帰り道に惣菜を買って帰れるような手頃な店もない。朝、出勤前に夕食を作っておく方法も考えたが、今より早起きをするのは辛い。......いや、今でもそんなに早起きしてるわけではないけど......。

 「どうしたもんじゃろのう~?」

 自分が作るしかなくて、早起きもできないのなら、調理時間を短縮するしかない。とすると―

 「そうだ! 『作り置き』だ!」

 毎日、1から料理しなくても、日持ちするものをあれこれ作っておいて、仕事から帰ったらそれをさっと出すとか、ひと手間加えるだけなら手早く夕食の準備ができる!早速、日曜日に本屋へ行って作り置きレシピの本を探してみた。平積みのレシピ集の中から1冊を手に取る。

『これでカンペキ!週末の作り置きまるごとBOOK

 「へー。これいいじゃん」
 期待しながらページをめくり、それから、呆然となった......。

「休日に1週間分まるごと作り置き! 日曜日の180分コース」

 えっ......? ひゃくはちじゅっぷん......?
 ひゃくはちじゅっぷんって、3時間だよね......?

 休日の朝起きて、朝食の支度だの片付けだの洗濯だのして、スーパーが開いたら次の休日までの食料の買い出しに行って、帰宅したらもうお昼で、ご飯作って片付けて、作り置きするとしたらそれからってことになるけど、そこから3時間たったらもう夕方で、洗濯物取り込んでたたんで、そしたらもう夕食の準備をする時間......。

 「......せっかくの日曜に3時間も台所にこもっとけって? 働く主婦は作り置きで楽をしようと思ったら、休日の自由時間をまるごと犠牲にするしかないってか? そんな......そんなの休日じゃないよ! うわああああん!!」

 本屋の売り場で立ち尽くしたまま、脳内の私は手にしたレシピ本を床に叩きつけた。
 (いや、もちろん実際にはそんなことしないから! あくまで脳内だから!) 

 でも、普段の休日の家事プラス3時間も台所仕事が増えたら、主婦の自由時間なんて本当になくなってしまう。
 ......まあ、この本は料理が苦にならない人のために、様々な作り置き献立と段取りの良い調理法を提案するためのものなんだろう。
 私には合わなかっただけで......。

 けれど、どうしてそこまでして働く主婦は自分で夕食を作ろうとするのだろう?

 中には、「君も仕事で大変だろうから、俺が作るよ」とか、「スーパーで惣菜を買って済ませればいいじゃないか」と夫に言われても、「そういうわけにはいかないの!」と突っぱねてしまう兼業主婦もいるだろう。
 私だって、同じことを夫に言われても、やっぱりできる限り自分で夕食を作りたいと思うだろう。 

 多分、そこには「出来合いのもので済ませず、家族のためにちゃんと夕食を作れる母」という『自己肯定感』があって、それを手放したくないのだ。けど、そのことを自分で気づけないまま、「そういうわけにはいかないの! まったく、全然わかってないんだから......」と、不満を抱え込んでしまう兼業主婦も多いのではないか。

 そんなことを考えながら、食材を買いにスーパーへ行った。
 結局レシピ本は買わなかったので、さて今日の夕食は自分で作るけど明日以降は......などと考えながら家族3人で売り場を巡っていると、棚に並んだ箱入りのパッケージに目が止まった。

 「ねえ! これ作れる? ここに書いてある通りにすればいいだけなんだけど?」

 Cook Doの回鍋肉の、箱を裏返して夫に手渡した。

 「んー、たぶん、作れると思うよ」
 「よし! じゃあ明日お願いね。材料は揃えとくから。キャベツと豚バラね」
 「ピーマンは?」
 「えっ? ......ピーマン、いらなくない?」
 「でも、ここに書いてあるし」夫が箱の裏を突きつける。
 「ピーマンいらない!」子供も賛同してくれた。

 なのに翌日、夫が作った回鍋肉にはやっぱりピーマンが入っていたのだった。

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【コラムコンセプト】
仕事に家事に育児と、目まぐるしい日々を送る母親薬剤師。新薬や疾病の勉強もしなきゃいけないが、家のことだっておろそかにできない。追い立てられるように慌ただしい毎日だ。そんな中で、ふと立ち止まり、考える。「働く母親って、どうしてこんなにいろんなものを抱え込んでしまっているんだろう?」「薬剤師の業務って、どうしてこんなふうなんだろう?」忙しさに紛れて気付けずにいる感情に気付いたら、働く母親に見える景色はきっといくらか変わるだろう。日常の業務に埋もれたままの何かを言葉にできたなら、薬剤師を取り巻く世界も少しずつ変えていけるだろうか。


【へたれ薬剤師Kiko プロフィール】Hetare_kiko_columm.png

卒後9年間病院勤務ののち、結婚を機に夫の地元で調剤薬局に転職。産休育休を経て、現在は中規模チェーン薬局にフルタイムで勤務。アラフォー。8歳の息子、夫(not薬剤師)と3人暮らし。食事は手抜き。洗濯は週3回。掃除はルンバにおまかせ。どういうわけだか「コトバ」に異様にこだわる。座右の銘は「モノも言いようで門松が立つ」。(Twitter:@hetareyakiko)

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