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台風シーズン、在庫管理をどうする?

2016年11月07日 10:45

 天気予報を見ると、内地ではすっかり秋のようですが、父島はまだ夏が続いています。父島は例年11月半ばごろまで暑く、今の時期でも昼間は冷房が必要です。また、時折スコールがやってきます。大雨になったと思えば、10分ほどで晴天になるわけですが、運が悪いと出勤や帰宅する道のり5分間だけ大雨、着いたとたんに暑い日差しが......、なんてこともあります。

 さて、今回は私が小笠原村診療所に赴任した当初の業務の様子と、台風が小笠原村診療所の薬局業務に及ぼす影響などについてお話していきたいと思います。

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父島にある小笠原村診療所全景。おがさわら丸の着く二見港から、徒歩およそ10分ほどのところにある。2010年に新しい診療所となって、二階には病室の他に老人ホーム「太陽の郷」も併設されている。あまり知られていないが、島内でエレベーターのある建物は診療所のみ。島民の多くが住む都営住宅は5階建の団地形式のものが多いが、エレベーターのある建物は無い。そのためしばしば高齢者の生活上問題となる。

薬局業務はごく一般的な内容のはずだが......

 私が正式採用となったのは8月からでしたが、7月末で退職される前任の薬剤師さんとの引継ぎで、父島到着(関連記事)翌日から臨時職員として、さっそく仕事に入りました。

 診療所薬剤師が関わる、いわゆる「薬局業務」は、「調剤業務」、「在庫管理業務」、「院外処方箋業務」が中心となります。具体的には、「調剤業務」として院内処方箋の監査、調剤、患者への交付、「在庫管理業務」として薬剤の発注、納品、期限切れ医薬品の廃棄、「院外処方箋業務」として院外処方箋の監査、FAX、疑義照会への対応などです。

 ここでの調剤業務は、普通の薬局と同様だと思います。最初のうち、非常に苦労したのが、一包化や小児の粉薬を作る分包機の操作です。それまでは、ほとんど触ったこともないような状態だったので、覚えるのにとても苦労しました。薬局に入る看護師さんたちも、一応一通りの操作はできます。しかし、分包紙やインクの交換といった「非日常業務」に対応できる人は少なく、それらには、全て私1人で対応しないといけなかったのです。

 分包紙の交換を初めて行ったのは、8月中旬のこと。外来で混雑してる中、小児の粉薬の処方が立て続けに来ていました(父島も母島も、人口のわりに子供が多い島です)。こちらは説明書を見てもよくわからず、悪戦苦闘。挙句はヒートシールする部分に分包紙が巻き付いたりして、取り換えに30分近くもかかってしまいました。今ではわずか1分で分包紙もインクも交換できてしまうことでも、当時は全くできず、職場にも患者さんにも大迷惑をかけてしまったものです。

手作業で処方箋を見直し、在庫管理

 在庫管理も最初は苦労しました。小笠原村診療所には、発注などの自動管理システムのようなものがなく、全て手作業になります。要は在庫から薬棚などに補充した際、空箱が出たらそれを保管しておき、空箱の数を発注数の目安とするわけです。ところが、患者の動向は当然毎週異なるわけで、空箱と同じ数を発注しても足りなくなることもあります。足りなくなったら一部だけを患者に渡して、薬が到着したのちに患者さんに診療所までご足労願うことになります。

 前任の薬剤師さんから、各薬剤の適切な在庫数のアドバイスを受けましたが、去年流行った感染症が、今年同じように流行るとはかぎりません。大量の在庫を期限切れで廃棄したり、台風によるおがさわら丸の欠航で薬が足りなくなったり、薬の動向を把握できていないうちは、いろいろと失敗もしました。

 そこで、空箱を目安とするのではなく、毎日処方箋を調べ上げて薬剤の出庫数とこの先の処方数予測を計算するようにしました。さらに、数名しか服用者がいない薬(思ったよりたくさんあった)は患者名も把握するようにしました。すると、赴任後1年ほど経った頃から、在庫管理ミスは大きく減りました。現在も、在庫確認から始まる手作業での発注にはかなりの時間を割いています(それこそ午後の勤務時間まるごと)。それでもなお、台風などでおがさわら丸が欠航となると、時折医薬品が不足することはあります。

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診療所の薬局はこのような感じ。採用医薬品は約400種類。通常の離島とは違い、小笠原には子供が多いので、必然的に小児用の薬の種類も多い。画面奥が在庫、画面左側は分包機、写っていないが右側には冷蔵庫や流しや戸棚があり、麻薬なども取り扱っている。薬局に無い薬を処方する場合は、院外処方として東京の薬局へ処方箋をFAXし、薬は患者自宅へ直接送ってもらう形をとっている。

船の動向は死活問題

 平時でも船が週に一度しかやってこない小笠原のような島においては、船の動向は死活問題です。今年もよく台風がやってきましたが、船が来なければ医薬品は来ないし、そもそも食品や日用雑貨すら届きません。このような事情から、少々のことでは欠航にはならないのですが、それでも年に5、6回程度欠航します。欠航が決まると島の防災無線で、その旨が全島放送されます。診療所の薬局では台風の存在を知った時点で在庫を確認して準備、さらに欠航が決まったときに、在庫がなくなりそうなものは医師や看護師に報告する流れになります。

台風養生の連絡が発動し、島民も台風に備える

 台風が来る、おがさわら丸が欠航と決まったら、いち早く島内のスーパーや生協から生鮮品(特に乳製品や野菜や果物)が消えます。生鮮品は、次に入港(下手すれば二週後)があるまで島には入ってきません。台風養生の話は職場の申し送りでも、事務からの連絡事項として、その場にいる全員に伝えられます。つまり、おがさわら丸の動向を左右するような台風に関しては、それだけ島民の間での意識は高いということです。

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 去年のある日、台風の暴風雨の中、帰宅途中ヤシの実が二個落ちていた。果実は重くて硬く、落ちてきたら危険なので、ヤシの木は道路付近には植わっていない。おそらく風に飛ばされたもの。同時に出勤だった隣の家の看護師さんがこの二個の実を拾ってきたわけだが、予想外に硬くて、工作用ののこぎりを駆使し、中のココナッツジュースや白い胚乳部を取り出すまでに二時間もかかってしまった。これ以外にも、通勤ルート上にパッションフルーツが自生していて、時折路上に実が落ちている。 

ひとり薬剤師が思う、教えてくれる人のありがたさ

 今回は赴任当時のことや台風とのかかわりについて書いてきました。こうして1人で業務を請け負っていると「教えてくれる人」の存在は非常にありがたく感じます。若い頃、数年ごとに新しい環境で仕事をした経験上からも実感しています。教えてくれる担当者とそりがあわない場合、わからないことも聞きにくく、ストレスになりがちです。しかし何かあったときに「わからないことを聞くことのできる人」がいるというだけで、気の持ちようが全然違うものです。新しい職場へ転職すれば、当然みんな新人。早く仕事を覚えるよう努力することはもちろんですが、教えてくれる人(教育担当者だけでなくスタッフ全員)と良好な関係を作る努力をすることが、新しい職場で仕事をするにあたり一番大事なのではないかと思います。 

【コラムコンセプト】
 僻地や離島の薬剤師業務って、給料は高いだろうけど、周りに何にもない不便な所で大変そうなイメージがある。それに不便な地で「生活」もしていかなければいけないから結構な覚悟が必要そうだ。......けど実際のところはどうなの?そんな興味と疑問を併せ持つ薬剤師のために、日本で最も行きにくい離島で働く薬剤師が送るコラム連載。良い面悪い面全てを含め、離島におけるありのままの薬剤師業務や生活を、面白おかしくお伝えしていけたらと考える。堅苦しい薬の記事の合間にここを読めば、「私は都会でないと無理だ...」と思っている人も、(保証はできないが)案外すんなり僻地でもやっていけるかもしれない。

【小西良典氏 プロフィール】cfe16ed4007e8fd8d26248d6a2afad043c7a3e9f.jpg
 大学卒業後薬学部ではなく理学部の大学院に進学。博士課程を中退。その後、ドラッグストアなどで働きながら全国を旅する生活を続けて8年あまりのある日、旅行先の小笠原村が薬剤師を募集していることを知り、勢いで出願。見事採用され、以後、父島の診療所に勤務。旅行経験から、全国どこの街でも道に迷わない自信がある。趣味は工作、パソコン、料理、ロシア語など多数。最近は、毎日録画をしている昼の映画や海外ドラマを片付けるだけで週末が終わっていく。

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