新規登録

我らお薬手帳開拓団!の巻

2016年11月18日 08:30

 二ヶ月ほど前から勤務先が変わったので、周辺にどんな医療機関があるのか、情報を仕入れながら仕事をしている。どこに何という名前の医療機関があるのか。何科が専門なのか。

 お薬手帳を持ってきている患者さんの記録からも、わかることがある。医療機関名と調剤薬局名が併記されていれば、院外処方。医療機関名だけなら、そこは院内処方。「あそこで薬をもらっている」という話はよく聞くのに、お薬手帳で名前を見かけない医療機関は、院内処方で手帳シールが出ないところ。お薬手帳を持っていても、かかりつけの医療機関からもらっている薬の記録がない患者さんもいる。

 他の患者さんのお薬手帳に、その医療機関のお薬手帳シールが貼ってあったのを見たことがあったので、早速「◯◯医院もお薬手帳にシール貼ってくれるみたいですよ」と言ってみたのだが、意外な答えが帰ってきた。

 「そう? そんなの言われたことないけど?」

 あ、あれ?
 予想外の答えに、こっちがしどろもどろになってしまう。

 「そ、そうですか? 確かこの間、他の患者さんで◯◯医院の名前入りシールが貼ってあったのを見たんですけど?」

 「いやあ、そんなの貼ってもらえるとか、手帳持ってないですか?とか、一度も聞かれたことないよ」
 そう断言されてしまうと、それ以上は食いさがることもできずに(ヘタレだから)

 「あっそうなんですかぁ~。じゃあ私の勘違いだったんですかね~」
 などとごまかして会計をすませる。

 「うーん......」

 帰っていく患者さんを見送りながら考える。

 いや、やっぱり数は少ないけれど「◯◯医院」と印字されたお薬手帳シールが貼られているのを見たのは間違いない。

 しかし、同じ医院を受診していて、同じようにお薬手帳を持っているはずなのに、手帳シールを貼ってもらえている人と貼ってもらえてない人がいるのは何故だろう?それも、持っていくのを忘れるからではなく、「その医院ではお薬手帳に対応してくれないから(少なくとも患者さんはそう思っている)」という理由で。

 薬局では、処方箋を受け取ると同時に「お薬手帳はお持ちですか?」と聞くから、「聞かれたことないから貼ってもらってない」なんてことはありえない。手帳をお勧めしたり、併用薬の確認をしたりするのも、何年も前から行っている業務だ。

 「飲んでる薬を全部、このお薬手帳に記録してもらってください。そうしたら、他の病院に行くときにも、先生に見せれば、一緒に飲んでいいかどうか確認してくれますから。市販の薬を買いたい時も、お店の薬剤師や登録販売者に見せたら相談に乗ってくれますよ」
 そんな話をすると、「それはすごく大事ねえ」と言ってもらえることがある。

 以前の勤務先は新興住宅地の真ん中で、若い患者さんが多いせいか、あまりそういった経験はなかった。今の店舗があるのは昔ながらの街並みで、何十年も前から地域医療を担ってきた内科や整形外科があって、そこにかかっている高齢者が多い。それらの医院はほとんどが、ずっと院内で薬を処方している。近辺には、私の勤務先以外に薬局は1軒もない。

 私にとってお薬手帳とは、ずっと以前から当たり前のものだったのに、ちょっと隣の町へ行けば、薬局なんてなかった頃から開業している院内処方の医院しかなくて、そこを長年かかりつけにしている患者さんたちにとっては、先生が何も言わなければ、お薬手帳なんて知らないし、必要性も感じなくて当然なのだろう。

 まるで、船に乗って新大陸にたどり着いたら未開の大地が広がっていた!というように、新しい勤務先に来たらそこはお薬手帳なんて全くと言っていいほど知られていない土地だった!とでも言う感覚だろうか。そう考えると、「お薬手帳を持ってください」とか「院内処方の病院でもお薬手帳シール貼ってくれますよ」と患者さんに勧めるのは、さながら幌馬車に乗って西部の荒野を征(ゆ)く開拓団のようで、ちょっとやる気が湧いてくるのだった。

 もっとも、医療情報のICT化が進めば、どこの医療機関でどんな薬をもらっているかはオンラインですぐわかるようになるだろう。そうなればお薬手帳はいらなくなる。しかし、それまではお薬手帳がなければ他の医療機関の処方を知ることはできない。たった数年でも、いや、たった数年の間だからこそ、薬剤師がお薬手帳を勧めなければ、「薬の専門家として患者さんの薬に責任を持ちます」などとは言えないのではないだろうか。 

 さてしかし、この◯◯医院をかかりつけにしてる患者さん、どうすれば手帳にシールを貼ってもらえるようにできるのだろうか?「あそこの薬局の薬剤師がゴチャゴチャ言うから」なんて思われたら、患者さんにも◯◯医院の先生にも悪い印象を持たれてしまわないだろうか(ヘタレですから......)。でも、ちゃんと貼ってもらっている患者さんがいるのも確かだし......。

 「あっ、そうか」

 ◯◯医院のシールを貼られてる手帳を見たら、その患者さんに「なんて言って貼ってもらったんですか?」って聞けばいいんだ。何も難しく考えることなんかない。
 早速、明日から聞いてみよう。

a4ca48d1b42d7491daacd975926a6f5350beae87.jpg

【コラムコンセプト】
仕事に家事に育児と、目まぐるしい日々を送る母親薬剤師。新薬や疾病の勉強もしなきゃいけないが、家のことだっておろそかにできない。追い立てられるように慌ただしい毎日だ。そんな中で、ふと立ち止まり、考える。「働く母親って、どうしてこんなにいろんなものを抱え込んでしまっているんだろう?」「薬剤師の業務って、どうしてこんなふうなんだろう?」忙しさに紛れて気付けずにいる感情に気付いたら、働く母親に見える景色はきっといくらか変わるだろう。日常の業務に埋もれたままの何かを言葉にできたなら、薬剤師を取り巻く世界も少しずつ変えていけるだろうか。


【へたれ薬剤師Kiko プロフィール】Hetare_kiko_columm.png

卒後9年間病院勤務ののち、結婚を機に夫の地元で調剤薬局に転職。産休育休を経て、現在は中規模チェーン薬局にフルタイムで勤務。アラフォー。8歳の息子、夫(not薬剤師)と3人暮らし。食事は手抜き。洗濯は週3回。掃除はルンバにおまかせ。どういうわけだか「コトバ」に異様にこだわる。座右の銘は「モノも言いようで門松が立つ」。(Twitter:@hetareyakiko)

トップに戻る