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小笠原の受験生にエールを! ...それから学校薬剤師のことを少し

2017年02月17日 07:30

列島に寒波が襲来し、西日本でも大雪が降っているというニュースが小笠原にも伝わってきます。1月後半になると小笠原諸島でも強い風が吹き、日中の気温が20度に届かない日も多くなり、冬の到来を実感します。今年の1月は海況が不良で、母島と父島をつなぐ「ははじま丸」の航路がよく欠航していました。

さて、 年末年始の休暇が開け、小笠原に戻るために私が乗ってきた1月上旬のおがさわら丸には、インフルエンザのウイルスも載っていたようです。その便が帰着した直後から、父島ではインフルエンザが大流行。1週間で30人を超える患者が出ました。一方、母島におけるインフルエンザ患者はゼロ。同じ村なのに感染症の動向は大いに異なるところに、父島と母島の隔たりを実感します。1月末にはインフルエンザの流行がいったん収束しましたが、例年ドック明けからはやりだすため、まだまだ油断はできません。

この時期、特に油断出来ないのは、受験生ですね。今回は小笠原の受験事情について紹介します。

目次

  1. 小笠原の受験事情
  2. 受験生の課題は学力や体力の向上、そして...
  3. センター試験のために内地で20
  4. 内地の高校を受験するケースもあるが苦労は相当
  5. 学校薬剤師との兼任体制構築が診療所の課題

小笠原の受験事情

 今は受験シーズン真っ只中ですね。今回は、小笠原の学校事情、とりわけ受験事情について紹介します。小笠原には、父島に高校が1校、父島と母島にそれぞれ小学校、中学校が1校ずつあります。小学校と中学校は同一敷地内に位置しているため、島では慣用的に「小・中学校」と呼んでいます。父島の小・中学校はそれなりに児童数があり、1学年に20人程度いるクラスもあるようです。高校卒業後の進学を望むのであれば、内地の学校を受験しなければいけません。小笠原の受験生が過酷な受験環境下で頑張っているということが、この記事で伝わればと思います。

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夕暮れ時の父島小・中学校。小笠原村には父島に小・中学校と高校、母島に小・中学校があるが、いずれも敷地は広く、施設はきれいで充実しているようだ。学生1人あたりの教員数が多く、(本文中にあるような島特有の事情を除けば)教育環境も充実していると言えるのでないだろうか。

受験生の課題は学力や体力の向上、そして...

さて、この時期、インフルエンザにかかってしまうと、体がつらいだけでなく、受験結果を左右したり、さらには受験すらできなくなります。「健康管理も受験勉強のうち」と言えますね。ところが、風邪をひいていなかったとしても、小笠原の学生にとって内地にある高校や大学の受験は大変難儀なイベントです。

 例えばセンター試験。私自身、現役のときや社会人入試のために、過去6回受験しましたが、受験には学力のみならず体力も必要で、よい成績をとることは並大抵のことではないと実感しています。ところが、小笠原にいるとさらなる課題が重なってきます。小笠原の高校生はセンター試験を受験するために、24時間おがさわら丸に乗って都内の会場まで行く必要があります。しかも、おがさわら丸は週1回の運行スケジュール。当日ちょっと早めに家を出て、あるいは前日に会場周辺に宿泊、という予定では済みません。

センター試験のために内地で20泊

 今年のセンター試験は1月21日と22日に実施されました。受験するためには、1月14日土曜日のおがさわら丸に乗って父島を出る必要があります(実際には、海況不良で急遽13日出港に変更された)。おがさわら丸は1月23日から2月5日まではドック期間に入るため欠航します。内地に出て行った受験生はおがさわら丸のドック明けを待たなければならず、父島に戻ってこれるのは、早くても2月7日の火曜日でした。

例年、小笠原の受験生は、センター試験を受験するだけで、内地のホテルに20泊以上もしないといけないことになります。慣れない環境でこれだけの期間を過ごさなければならないことは、本人にとって精神的にも肉体的にも負担でしょうし、家族にとっての経済的な負担も相当なものであろうと想像されます。

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出港するおがさわら丸を、岸壁から多くの人がお見送り。毎回100人以上の島民が船を見送る。感動的な瞬間である。船のスケジュールに合わせ、受験生も試験の何日も前から、内地へ旅立つことになる。

内地の高校を受験するケースもあるが苦労は相当

 先述したとおり、小笠原には都立小笠原高校があります。母島出身者のための寮もあり、小笠原諸島の中で高等教育までは完結するようになっています。しかし、高校進学時には内地の高校を受験するという選択肢もあります(都立高校であっても内地の高校を受験できます)。結果的に、半数程度の学生は内地の高校へ進学しているようです。この場合にも家族の経済的な負担は相当なものでしょう。寮に入ったり、片親が同伴して3年間を都内で暮らすなど、内地で暮らしていては考えられない苦労があります。

もちろん、こういった受験の苦労などはあるものの、子供時代を自然豊かな小笠原でのびのび過ごすことが、人生でも貴重な経験であることもまた確かです。

学校薬剤師との兼任体制構築が
診療所の課題

 さて、少しは薬剤師の話をしましょう。学校と言えば学校薬剤師。父島と母島、合計で3か所に学校があります。実は、島には専任の学校薬剤師はいません。学校薬剤師業務は、内地の薬剤師に委託しています。できれば島内の薬剤師、すなわち私がやるのが望ましいのでしょうが、現在のところはまだ任務を受けることができていません。年に数回の環境測定などの業務がどうしても不可能であるというほど忙しいわけではありませんが、1人体制で薬剤師勤務をしていると、診療所を留守にしにくいのです。また、小・中学校は村立ですが、高校は都立であって管轄が違うことも、費用面などにおいて問題になってきます。

 以前、内地からやってきた学校薬剤師さんに同行し、中学校で測定などの業務を行いました。環境測定を行うのは大学院生時代以来。普段の調剤業務や監査業務とは異なり、たまにはこういう業務も面白いと思いました。普通に働いているとなかなか経験できないことに取り組むことができます。解決すべき課題は多いですが、今後は、学校薬剤師も小笠原村診療所の薬剤師が兼ねられるような体制を作っていければいいかなと思っています。

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小笠原のきれいな海。正面奥の陸地は兄島。小笠原高校ではウィンドサーフィンの授業もあるそう。ただし、写真を撮影した場所は沖の海流が激しいので、授業は別の場所で行われている。

【コラムコンセプト】
僻地や離島の薬剤師業務って、給料は高いだろうけど、周りに何にもない不便な所で大変そうなイメージがある。それに不便な地で「生活」もしていかなければいけないから結構な覚悟が必要そうだ。......けど実際のところはどうなの?そんな興味と疑問を併せ持つ薬剤師のために、日本で最も行きにくい離島で働く薬剤師が送るコラム連載。良い面悪い面全てを含め、離島におけるありのままの薬剤師業務や生活を、面白おかしくお伝えしていけたらと考える。堅苦しい薬の記事の合間にここを読めば、「私は都会でないと無理だ...」と思っている人も、(保証はできないが)案外すんなり僻地でもやっていけるかもしれない。

【小西良典氏 プロフィール】cfe16ed4007e8fd8d26248d6a2afad043c7a3e9f.jpg
大学卒業後薬学部ではなく理学部の大学院に進学。博士課程を中退。その後、ドラッグストアなどで働きながら全国を旅する生活を続けて8年あまりのある日、旅行先の小笠原村が薬剤師を募集していることを知り、勢いで出願。見事採用され、以後、父島の診療所に勤務。旅行経験から、全国どこの街でも道に迷わない自信がある。趣味は工作、パソコン、料理、ロシア語など多数。最近は、毎日録画をしている昼の映画や海外ドラマを片付けるだけで週末が終わっていく。

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