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まなかいに もとなかかりて......

わが子が気になり安眠できない

2017年05月24日 08:30

5月の連休が終わり、久しぶりの仕事。疲れて帰宅するなり、息子にこう言われた。

「もう暑いから、明日から半袖で学校行く!」

「えっ、ちょっと待って......」
4月の下旬から気温が上がっていたので、制服の上着は着せず、学校指定の長袖ポロシャツで登校させていた。しかし、それでも暑かったらしい。

......嫌な予感がした。とりあえず晩御飯が先、と言い聞かせて食事を済ませると、台所に食器類を積み重ねたまま子供部屋のタンスを探った。

ああ~、やっぱり。
去年の夏に着せていた半袖ポロシャツは、すべてサイズアウトしていた。

8歳の息子は年齢の割に背が高い。成長も早いようで、大きめの服を買っておかないとワンシーズンで着れなくなってしまうことが多かった。そろそろ夏物のサイズをチェックして、小さくなっているようなら買い揃えておかないといけないと考えていた矢先だった。

「ごめんね、今度の休みに買っておくから」
本当は、普段からこういうことは気をつけて、早め早めに準備しないといけないのだろう。

「あ、そういえば水着の注文用紙をもらって帰ってるよ」と夫が言う。

「ええー! もうそんな時期!?」

学校でもらったプリントを入れるファイルを見ると、確かに注文用紙が入っている。もう一度タンスの中を見る。水着はまだ着られるサイズだと確認して、少しホッとする。

新学年になり、先日、体操服に新しいゼッケンを付け替えたと思ったら、もう水着の用意。なんとも目まぐるしい。うちは子供が1人だからまだいい。夫も協力的で、連絡帳や宿題のチェックもしてくれる。私はかなり楽ができている。

これが子供が複数いる家庭で、忙しい夫から協力が得られない状況だったらどうだろう。母親は一人で膨大な負担を抱え込み、てんてこ舞いになってしまうのではないか。

学校だけならまだしも、習い事や塾にも行かせて、その上にPTAや町内会の活動までしていたら、仕事との両立は母親にとって相当にハードルが高い......いや、ハードルよりはるかに高い障壁を、わずかな突起だけにすがってよじ登るボルダリング競技なみの困難になりそうだ。

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離乳食だのオムツ外しだのと、やたら手のかかる乳幼児期も大変だったが、学童期になると、それとは違う気苦労が絶えなくなることに最近気づいた。

子供にはできないことが多いから手がかかるという苦労だけでなく、勉強や進路の問題に直面する。子供の能力を伸ばし、社会に出て困らないようにしてやるにはどう育てていくべきか。そのために何が足りなくて、どう補ってやればいいのか。子供の性格も考慮してハッパをかけたり、場合によっては塾に行かせる必要も出てくる。だが、それにはまず夫婦で協力し、話し合って方針を決めていかなければならない。

子供が心身ともに健やかに育ち、社会に出て独り立ちできるだけの能力を身につけ、人としての道に外れることなく生きていけるよう、親は子供を導いていく責任がある。親としてもっとすべきことがあるのではないか?この子はこのままで本当に大丈夫なのだろうか?

そのプレッシャーを、母親はいついかなる時も背負わされ続けている。

「瓜食(は)めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲(しぬ)はゆ
いづくより 来りしものそ 目交(まなかい)に もとなかかりて 安眠(やすい)しなさぬ(万葉集 山上憶良)」


(瓜を食べると故郷においてきた子供たちを思い出す。栗を食べればなおいっそう思い出す。子供というものはいつでも目の前にちらついて、安眠させてはくれない......)

だが、フルタイムで働いて疲れて帰宅してすぐ、慌ただしく夕食の支度や後片付け。そこからさらに子供の先々のことまで考えたりするのは、なかなかにしんどい。

――自分以外の誰かがちゃんと考えて、良いように進めてくれていたら、どれほど楽だろう。

母親なのに、ついそんなことを考えてしまう。今の勤務先に変わって1年近くが過ぎ、新しい業務も任されるようになって、余裕がなくなってきているのかもしれない。

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「俺は仕事で忙しいんだ。子供のことはお前に任せてあるだろう」

昔のドラマでは、そんなセリフを夫が妻に向かって言うシーンがよくあった。仕事に多大な労力をつぎ込んだ父親が、いつしか子供のことを考える余地を放棄せざるをえなくなってしまったのだ。

現在の働く母親の状況はどうだろう。責任ある立場で働けば、時間や体力はもちろん、心の余裕すらすり減って、本来なら細やかに考えてやるべき子供のことも、おざなりになってしまいそうになる。

良い母親ならば、どんなに疲れていても、子供のためには残った気力を振り絞り、目を配り、手も掛けてやれるのかもしれない。

だが、すべての働く母親がスーパーウーマンになれるわけがない。子供のために使える時間や気力や体力をいつでも確保できるように、本能的に仕事をセーブしたり、働くこと自体を諦めてしまったりする場合も多いだろう。

すべて子供に良いように決めてやらなければならないという重圧を、母親が一人で抱え込む必要はないはずだ。

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ありがたいことに、我が家では父親と母親、双方の「まなかいにもとなかかりて」いる状況が何とか成立している。

おかげで、このダメ母もかろうじて安らかに眠り、また明日も仕事に向かうことができているのである。

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【コラムコンセプト】
仕事に家事に育児と、目まぐるしい日々を送る母親薬剤師。新薬や疾病の勉強もしなきゃいけないが、家のことだっておろそかにできない。追い立てられるように慌ただしい毎日だ。そんな中で、ふと立ち止まり、考える。「働く母親って、どうしてこんなにいろんなものを抱え込んでしまっているんだろう?」「薬剤師の業務って、どうしてこんなふうなんだろう?」忙しさに紛れて気付けずにいる感情に気付いたら、働く母親に見える景色はきっといくらか変わるだろう。日常の業務に埋もれたままの何かを言葉にできたなら、薬剤師を取り巻く世界も少しずつ変えていけるだろうか。


【へたれ薬剤師Kiko プロフィール】Hetare_kiko_columm.png

卒後9年間病院勤務ののち、結婚を機に夫の地元で調剤薬局に転職。産休育休を経て、現在は中規模チェーン薬局にフルタイムで勤務。アラフォー。8歳の息子、夫(not薬剤師)と3人暮らし。食事は手抜き。洗濯は週3回。掃除はルンバにおまかせ。どういうわけだか「コトバ」に異様にこだわる。座右の銘は「モノも言いようで門松が立つ」。(Twitter:@hetareyakiko)

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