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母島 小笠原で民間人が住めるもう1つの島

2017年05月25日 07:30

5月の連休もあっという間に過ぎ去り、私は父島へ戻ってきて日常業務に復帰となりました。私が乗船したのは、昨年に新しいおがさわら丸になってから初めての久里浜(横須賀市)寄港便でした。もちろん私は久里浜から乗船。久里浜港発は午後1時50分だったので、竹芝桟橋から出航するより1時間くらい長く都内にいることができます。

目次

  1. 小笠原諸島で民間人が暮らすのは父島と母島だけ
  2. ははじま丸の運航はおがさわら丸の入港に合わせたスケジュール
  3. ははじま丸はクジラ観察用の双眼鏡を装備
  4. 商店は3軒 土曜がおがさわら丸出港日の場合には注意
  5. 診療所は1つ、OTCを扱う店は無い
  6. 宿の確保には難儀
    幽霊の出るという診療所当直室で一泊したことも
  7. 食事処は少ない
    「夕食難民」にならないよう宿の夕食は確保すべき

小笠原諸島で民間人が暮らすのは父島と母島だけ

さて、今回からはしばらく母島の話をしたいと思います。小笠原諸島で民間人が住んでいるのは、父島と母島だけです(自衛隊や気象庁、工事関係者に限れば、南鳥島と硫黄島にも人は住んでいます)。母島の人口はおよそ450人。父島からさらに南へ50キロほどのところにあって、定期船のははじま丸で2時間ほどかかります。

ははじま丸の運航はおがさわら丸の入港に合わせたスケジュール

ははじま丸の運航は、おがさわら丸の入港に合わせたスケジュールになっています。おがさわら丸の入港日は接続で母島に行き、翌日に父島へ戻り、その次の日は往復、2日目(つまりおがさわら丸の出港日)は往復(ただし、おがさわら丸出港に接続)、5日目は運休、みたいな感じで、毎日往復運航しているわけではありません。父島へ来た観光客が母島を日帰りで訪問しようとすれば、入港3日目に可能で、母島には4時間ほど滞在できることになります。

図 ははじま丸の運航スケジュール

図1.png

ははじま丸はクジラ観察用の双眼鏡を装備

ははじま丸はおがさわら丸に比べればかなり小型で、よく揺れます。乗り物酔いしやすい私にとって、海況が悪い時期の乗船はつらいものがあります。出発の2時間後、9時半に母島に到着すると、すぐ診療所へ行って仕事開始。船酔いなんて、していられません。なお、おがさわら丸入港日以外の父出港時刻は早く、朝7時半。乗ろうと思えば、早起き必須です。

時期によっては、航路の途中でイルカやクジラに遭遇する場合もあります。船内放送で「クジラが現れました」などと言ってくれたりもします。クジラ観察用としてデッキに双眼鏡が装備されているのも、ははじま丸ならではと言えそうです。

写真1web.jpg

久里浜港を出航。新しい船になって久里浜へは初寄港。港ではささやかなセレモニーが開催され、私は歴史的な瞬間に立ち会うことになった。通常、おがさわら丸は竹芝から父島まで直行するが、年に数回、横須賀市の久里浜港や八丈島、大島や千葉県の館山へ寄港する便がある。特に久里浜寄港便は、午後1時50分に久里浜を出航するため利用価値が高い。11時に竹芝を出航するよりもゆっくりと内地に滞在できる。帰りも久里浜であれば午後1時台に上陸できる。竹芝まで乗るより(通常便なら午後3時30分に竹芝着)早く東京駅に着けることになる。 写真の奥に見える煙突は、横須賀火力発電所。東京行き便でこの久里浜の煙突を見ると、「ああ戻ってきたな」と思う。この発電所、一般公開するイベントがあれば、ぜひ見に行きたいものである。

商店は3軒 土曜がおがさわら丸出港日の場合には注意

母島の医療事情や私の仕事の話の前に、 母島で私が見聞きしたことや体験した「生活」を紹介したいと思います。それほど父島と大きく変わるわけではありません。

村職員などは職員住宅に住んでいます。母島でも集合住宅が多く、一軒家があまりありません。商店は3軒ありますが、定休日が「おがさわら丸父島出航翌日」だったり「日曜日」だったりとばらばらで、おがさわら丸の父島出航日が土曜だったりすれば、翌日曜には商店すべてが閉まっていることもあるので要注意です。

内地から母島に送られてくる物資などは、父島まではおがさわら丸に積まれてきて、そこから、ははじま丸に積み替えて運ばれます。逆に、母島から郵便物を送るときは、ははじま丸で父島まで運び、おがさわら丸に積み替えて、内地へ届けられます。

診療所は1つ、OTCを扱う店は無い

母島にも診療所が1つあります。私も時折出張して、医薬品の整理をしたりしています(詳細は後日書きます)。父島と異なり、OTC薬を扱っている店はありません。

郵便局やガソリンスタンドがあるので、生活は父島と大きくは変わらないと思います。住民は若い人が多い点も、父島と同様です。ただ、人口が少ないぶん、どこか父島よりゆったりとした感じがします。

写真2web.jpg

現在のははじま丸。おがさわら丸と同時にははじま丸も新しい船になった。以前と大きさは変わらないものの、多少快適になった気がする。去年の6月30日、私は旧ははじま丸最後の航海で母島へ出張し、翌7月1日に現在のははじま丸最初の航海で父島へ戻った。交代式こそ仕事で見られなかったものの、ここでも私は歴史的瞬間に立ち会うことができた。 母島まではこの船で2時間。外洋を航行するのでけっこう揺れる。一昨年の秋、台風が近づく中、母島出張になった。晴れていたが、強いうねりのせいでまるでジェットコースター。この時ばかりは酔い止めも力及ばず、着岸直前にいわゆる「マーライオン」状態。着いたらすぐに仕事なので、船酔いするとつらい。ちなみに航路途中にクジラを何度か見かけたことがあるが、飛び上がるところまではなかなか見られない。

宿の確保には難儀
幽霊の出るという診療所当直室で一泊したことも

宿はペンションや民宿がありますが、観光シーズンなどは宿がいっぱいになることもあり、出張時に宿が取れず難儀することもありました。薬剤師の出張は急に決まることが多く、過去一度だけどうしても宿が取れなかったことがあり、診療所の当直室で寝るはめになったこともあります。幽霊が出るらしいと聞かされていたのですが、幸い誰も来ませんでした......。

食事処は少ない
「夕食難民」にならないよう宿の夕食は確保すべき

母島出張時に意外と困るのが食事。宿が朝食と夕食を出してくれるのですが、昼食は出してくれません。母島では帰る家もないので、商店でパンかラーメン、島野菜を買って宿の部屋で昼食を食べるパターンがほとんどです。宿に泊まる日はこれでよくても、チェックアウトした日などは、診療所の事務室でラーメンをすする昼食になります。

食事処は島内に4か所ほどあるのですが、父島よりはかなり少ないです。よって昼時ともなれば、満席なことも多く、落ち着きません。同様に夕食も、予約なしでは座れない場合もあるようです。商店は閉まっているし、外食はできない「夕食難民」にならないよう、宿での夕食は必須と言えそうです。

母島の人口を考えれば「みんな知り合い」みたいなもの。困ったときには助け合っているでしょう。母島の島民はおそらく、この小さな島の環境で要領よく生活していると思います。1週間に1度の船便でしか物資が届かない生活など、数年前までは想像もできなかった私ですら 、今、父島で、それなりに生活できているのですから。

次回は、母島には何があるか、観光ではみんなどこへ行くのか、を紹介していきたいと思います。

写真3web.jpg

母島沖港(おきこう)。母島の人口は、ほとんどが沖港周辺に集中している。商店、郵便局、役場支所、小中学校、民宿なども、港から歩いて数分のところにある。正面の山は乳房山で、母島での最高峰。といっても460mほどだが、父島最高峰の中央山よりも高い。沖港ターミナル内の観光案内所に言ってから登頂すれば、登頂証明をもらえる。低い山だが、なめてはいけない。遊歩道があるものの、だらだらと歩けば頂上まで往復で3時間ほどかかる。下りは岩場みたいな場所があり、不注意で足を痛めたことがある。景色は......天気がよければ絶景。 ちなみに読者のみなさんに質問。東京島しょ部の最高峰も、実は小笠原村にあるって知っていました?南硫黄島、916mです。

【コラムコンセプト】
僻地や離島の薬剤師業務って、給料は高いだろうけど、周りに何にもない不便な所で大変そうなイメージがある。それに不便な地で「生活」もしていかなければいけないから結構な覚悟が必要そうだ。......けど実際のところはどうなの?そんな興味と疑問を併せ持つ薬剤師のために、日本で最も行きにくい離島で働く薬剤師が送るコラム連載。良い面悪い面全てを含め、離島におけるありのままの薬剤師業務や生活を、面白おかしくお伝えしていけたらと考える。堅苦しい薬の記事の合間にここを読めば、「私は都会でないと無理だ...」と思っている人も、(保証はできないが)案外すんなり僻地でもやっていけるかもしれない。

【小西良典氏 プロフィール】cfe16ed4007e8fd8d26248d6a2afad043c7a3e9f.jpg
大学卒業後薬学部ではなく理学部の大学院に進学。博士課程を中退。その後、ドラッグストアなどで働きながら全国を旅する生活を続けて8年あまりのある日、旅行先の小笠原村が薬剤師を募集していることを知り、勢いで出願。見事採用され、以後、父島の診療所に勤務。旅行経験から、全国どこの街でも道に迷わない自信がある。趣味は工作、パソコン、料理、ロシア語など多数。最近は、毎日録画をしている昼の映画や海外ドラマを片付けるだけで週末が終わっていく。

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