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母島と父島の採用医薬品を統一

母島での薬剤師業務 その1

2017年06月16日 08:30

小笠原はもう夏、髪が伸びると暑苦しくなってきます。ところで、髪を切る場合、大抵は美容院・理容院へ行くと思います。父島には散髪できるところがあり、私も年に数回世話になっていますが、理容師さんは父島に1人。どこで誰に切ってもらうかといった選り好みはできません。上京時に髪を切ってくる島民が多いですが、家族などに切ってもらう人もいます。

理容師さんに限らず、特殊な技能を持った人は、離島では重宝されます。僻地医療を志す読者さんは、薬関係の知識や技術のみならず、持っている資格や免許の鍛錬も、怠らないようにされるとよいと思います。眠らせている資格や免許が役に立つ場面もあるはずです。

目次

  1. 「これはなんとかしないと」と感じた、母島診療所の医薬品事情
  2. 採用医薬品の統一と、後発医薬品の採用促進に取り組む
  3. 母島での作業の前に、父島でも入念な準備
  4. 後発品の採用条件には、おがさわら丸の運航に合わせた出荷ができるかが含まれる
  5. 母島で採用が切り替えられた医薬品は、父島で在庫を引き取り使い切る

「これはなんとかしないと」と感じた
母島診療所の医薬品事情

さて、今回からは、いよいよ本題。小笠原の薬剤師は父島から母島へ出張してどのような業務をするのかを紹介します。基本的には「薬局業務全般」を行っています。 

母島の歴史上、私が着任するまでは、薬剤師の手が全く入っていない状態でした。父島着任の2週間後、挨拶回りのために母島へ行ったときは、さすがに「これは(時間がかかっても)なんとかしないといけないな」と思ったものです。

例えば採用医薬品。父島診療所と比べて母島診療所の患者数は圧倒的に少ないのに、薬の採用品目数は多いのです。よく見れば、同じ内容成分の薬(例、フェロミアとフェログラデュメット)が混在していたり、同じ薬剤の規格違いも多い。一方で、後発品はロキソプロフェンをはじめ、わずか数品目しか採用されていませんでした。私は、母島での薬剤師業務を、このような状況からスタートしました。

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昨年6月限りで引退した、旧ははじま丸。どことなくスタイルが昭和である。この船だと、今の船(新ははじま丸)より母島まで10分ほど余分にかかる。ははじま丸は新旧とも座席、雑魚寝スペースの二等客室の他に「一等客室」がある。ちなみに昨年引退したおがさわら丸と、この旧ははじま丸は、海外(それぞれインドとソロモン諸島)へ売却されたという噂を聞いた(第二の人生を送るのか、はたまたスクラップか)。過去何度も利用した私としては、旧おがさわら丸とははじま丸には、はるか異国の地でも活躍しつづけてほしいと思う。

採用医薬品の統一と後発医薬品の採用促進に取り組む

なるべく父島の診療所を空けないように、母島への出張は、金曜に行って土曜に帰ってくる日程を組むようにしています(もちろん船のスケジュールや父島診療所の人員配置によってはこの限りではありませんが)。土曜におがさわら丸が父島を出港するスケジュールであれば、金曜の午前中から母島で仕事をして、土曜の昼過ぎには父島へ戻ってこれるわけです。

母島診療所業務における目下の目標といえば、「父島診療所と母島診療所での採用医薬品の統一」と、「母島診療所での後発医薬品の採用促進」です。父島と母島で採用医薬品の統一ができれば、緊急時に融通しやすくなります。後発品であれば、安価な分、仮に廃棄が出ても、損失額は少なくて済みます。後発医薬品は、薬剤師が中心になって選定しています。

母島での作業の前に、父島でも入念な準備

「目下の目標」と言いますが、その達成は簡単ではありません。医薬品の整理には、入念な準備が不可欠です。手元にある母島の医薬品リストを見て、「父島では後発に変更してあるが、母島では先発品のまま」、「父島と母島では、同じ成分でも採用品は別の薬」という場合や、「母島にしか採用のない薬」、「処方数の少なそうな薬」、「包装単位が大きい薬」などを洗い出していきます。これらが、整理する医薬品の候補となります。

整理していく段階では、父島の採用品を母島に合わせたり、規格が違うものは後発品への転換と同時に規格も揃えたり、処方の少ない母島採用品の期限が切れたら新たに発注せず、父島の在庫から母島へ一定数を補充するパターンに切り替えるなど、さまざまに工夫をこらします。

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沖港ターミナル横にあるクジラ。母島に降り立つと、真っ先に目に飛び込んでくるのが、地面から出てくるこのクジラ。記念写真を撮る人も多く、母島のシンボルである。これもホエールウォッチングの聖地、小笠原ならでは(これがもしクジラでなく人食いサメだったら、それこそB級映画である)。父島の二見港ターミナル横にも、飛び上がったクジラの像がある。母島航路の途中に、よくクジラがいるポイントがあり、2年前はそこを通るたびに毎回、「クジラが現れました」という放送が船内に入った。しかし、私は最近、クジラとはめっきり会わない。「クジラも生き物、向こうにも都合があるのでしょう...」と、いつだったか展望台で居合わせたガイドさんが言っていた。

後発品の採用条件には
おがさわら丸の運航に合わせた出荷ができるかが含まれる

新たに後発品を採用する場合はなるべく父島と同時に行います。その選定は時間をかけて行います。各メーカーの製品の添付文書などを調べるわけですが、単に安価であったり、動態が先発品に近いというだけで採用を決められるわけではなく、「おがさわら丸の東京出港3日前までに注文すれば、確実にその便に乗る」ことも重要な条件です。取引先の卸さんに在庫がなく、納品は発注の2週後というのでは困るのです。

こうして採用を決めた後発品(大抵は父島で先に後発品へ変更済)は、母島の分も初回のみ私が父島で発注します。母島出張時に持参して、母島の医師や歯科医師、看護師などのスタッフに説明し、OKが出ればめでたく後発品へ転換という流れになります(交換不可となれば、そのまま持って帰って父島で使います)。
また、処方数の少なそうな薬剤は院外処方への変更提案を行います。同一成分で別のメーカーの薬が父島と母島で採用されている場合は、父島の在庫を一部持参し、こちらもOKが出れば差し替えとなります。

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母島の海。小笠原では、ちょっと車を転がせばきれいな海が目の前に。本文冒頭で散髪の話をしたが、母島には散髪処が無い。出張で理容師さんが来るような話を聞いたことがあるが、詳しいことは不明。小笠原へ来る前のある時期、私は学校に通ってでも理容師あるいは美容師の勉強をしてみたいなどと考えたことがあった。単なる好奇心だけではない。長年頭皮や頭髪トラブルに悩まされる私にとって、美容師や理容師はある種の憧れのようなものがあったのである。しかしながら診療所職員は公務員。免許があったところで当然副業などできないのだが......。ちなみに小笠原でも受験できる「資格試験」は、ダイビング関係とか原付免許、学校単位で実施する英検や漢検などを除けば、簿記2級と高圧ガスくらいしかない。

母島で採用が切り替えられた医薬品は
父島で在庫を引き取り使い切る

母島診療所で変更、交換、廃止が決まった薬は、その時の在庫すべてを父島で回収します。父島では、回収してきた先発品や採用廃止品を早期に使い切るため、優先的に使ってもらうよう医師に頼みます。父島ではリアルタイムで在庫を把握している上、すぐに医師と相談できるので、「あと何錠残っています」という情報は瞬時に伝達できます。母島にしか採用のない薬剤を回収した場合などでも、回収医薬品はほぼ使い切れています。

このような感じに医薬品の整理を進めています。当初、採用医薬品の統一まで5年くらいはかかるかと考えていたのですが、「どうしても無理なもの」を除き、あと2回程度の出張でほぼ完了する見込みです。なお、どうしても無理なものとは、「貼り薬など、商品名が患者にもよく知られている上に処方数がかなり多いもの」、「医師の希望で採用継続しているもの」、「他の薬に変更できない特定の患者がいるもの」などです。また、スタッフ側の使い勝手も重要なので、一方的にこちらの都合を押しつけるわけにいかないという事情もあります。

これまでの整理の結果、母島の採用品目数は当初の7割程度まで減少し、後発品の採用品目数も大きく増えました。ただ、外用薬や向精神薬の後発品変更には、今のところほとんど手をつけられていないので、今後はこれらの変更が課題となっていくでしょう。

次回はこれらの具体例や、その他の業務、例えば緊急時の薬のやりとりや、使用期限切迫品の扱いといった「父島と母島での薬剤部の連携」について書いていきます。

【コラムコンセプト】
僻地や離島の薬剤師業務って、給料は高いだろうけど、周りに何にもない不便な所で大変そうなイメージがある。それに不便な地で「生活」もしていかなければいけないから結構な覚悟が必要そうだ。......けど実際のところはどうなの?そんな興味と疑問を併せ持つ薬剤師のために、日本で最も行きにくい離島で働く薬剤師が送るコラム連載。良い面悪い面全てを含め、離島におけるありのままの薬剤師業務や生活を、面白おかしくお伝えしていけたらと考える。堅苦しい薬の記事の合間にここを読めば、「私は都会でないと無理だ...」と思っている人も、(保証はできないが)案外すんなり僻地でもやっていけるかもしれない。

【小西良典氏 プロフィール】cfe16ed4007e8fd8d26248d6a2afad043c7a3e9f.jpg
大学卒業後薬学部ではなく理学部の大学院に進学。博士課程を中退。その後、ドラッグストアなどで働きながら全国を旅する生活を続けて8年あまりのある日、旅行先の小笠原村が薬剤師を募集していることを知り、勢いで出願。見事採用され、以後、父島の診療所に勤務。旅行経験から、全国どこの街でも道に迷わない自信がある。趣味は工作、パソコン、料理、ロシア語など多数。最近は、毎日録画をしている昼の映画や海外ドラマを片付けるだけで週末が終わっていく。

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