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小笠原を離れる決意

2017年07月07日 09:30

唐突ですが、私はこの3月で小笠原を退職します。いきなり何を言い出すのだという感じですが、実はいろいろ思うところがありました。確かにここでは、良いことや悪いこと含め、いろいろなことを体験できました。薬剤師歴は実質無いも同然、何もできないくせに、勢いだけで単身で乗り込み、失敗を重ね、それでもなんとか業務を回しつつ、気づけばもう4年。単なる診療所での調剤や監査業務にとどまらず、他職種との連携、老人ホーム関連業務、予防接種の監査などを経験し、特に在庫管理業務については、ものすごく強くなったように思います。

しかし、小笠原村は"特殊"です。一般的に考えられる田舎とは異なり、若者が多く、必然的に高齢者の割合は少ないです。当然ながら、"通常の離島"とは大きく事情が異なるでしょう。小笠原村だけしか知らずに「離島で働いてみては」などと言うのも、少々無責任かもしれません。これまでの4年間で自分なりにできることは全てしたし、小笠原村の医療には十分に貢献できたと思います。母島については、常駐していないとはいえ、私が史上初の薬剤師となれたことは、大変光栄に思います。しかし、"薬剤師の同僚"はいないし、自分はよそでやっていけるのか、正直不安に思っています。そろそろ少し環境を変えて働くのもよいのではないか、そう思って退職を決めた次第です。

目次

  1. 応募は"負の部分"を承知の上で
  2. 離島で働く上で、新卒や未経験は関係ない!
  3. 次の仕事は、また離島で?

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竹芝桟橋を離れた瞬間。この瞬間からは何があっても、一週間はここへ戻ってこれない。小笠原村の事務所が写真中央やや左のビルにあって、面接はそこでテレビ会議システムを用いて行う。わざわざ面接のため小笠原まで行く必要はないのである。私の面接日、会場へ行く電車に乗ったとき、揺れた拍子に目の前のつり革が口元を直撃、唇から血が...。なかなか血が止まらず焦った。面接はテレビの向こうに面接官の副村長など村の重役がいて、妙に緊張したのを覚えている。他にも受験者がいたようで、さすがに受かるとは思わなかった...。

応募は"負の部分"を承知の上で

小笠原村役場のHPを、検索してみてください。薬剤師の求人情報が載っています。採用は4月以降となっていますが、おそらく引継ぎなどがあるので、3月下旬ごろ(あるいはもっと早く)から赴任ということになると思います。求人情報を見て、「我こそは!」と思う方は、ぜひ私の後任に立候補してほしいと思います。

もちろん、これまでの記事で紹介したように、いろいろ勉強になるし、プラスの部分が多い反面、はっきり言って業務は多く過酷です。1人職種であるということは、常に孤独だということです。何かとつるし上げられる場面もあるでしょう。他の職種の方と距離が近いということは、各職種の利害や要求がひしめく間を、うまく立ち回る必要があるということです。患者さんとの距離が近いということは、オンとオフの区別があいまいになるということです。離島は高給であると聞きますが、うちは一般企業ではなく地方公務員なので、それはありえません。他の職種からは、薬剤師の努力や苦労は見えにくいです。休日当番や夜勤は無いので、どうしても楽をしているように見られます。他にもいろいろ理不尽な思いをすることも多いでしょう。医療機関は診療所しかありません。自分が病気になったとしても、頼れるのは職場だけです。

ネットで「離島、薬剤師」と検索すれば、「高給」「来てよかった」「楽しい体験談」「やりがいアピール」などの情報は多数出てきます。一方で上に書いたような"負の部分"の情報は、ほとんど見かけません。募集する側は、えてしていい面ばかりを強調しがちですが、それって卑怯じゃないですか?なので私は、あえて"負の部分"を隠しません。薬剤師としての経験を積みたいと思われるのであれば、負の部分や理不尽さを体験することも重要でしょう。負の部分は、赴任すればいずれ大なり小なり体験することであり、それを承知の上で来てくれないと、「こんなはずじゃなかった」ということにもなりかねません。

どんな人が小笠原村の薬剤師に向いているか。これは明言できません。誰であれ、向き不向きは関係なく、来た以上やるしかないからです。内地と異なり周りは海、きれいな職員住宅まで用意してもらって、すぐに逃げるわけにはいきません。少なくとも、「小笠原で働きたい」「村の医療に携わりたい」と思った人は、不向きではありません。求人に応募することを決断できた人なら、きっと立派に勤め上げてくれると思います。

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東京出港翌日、午前9時くらいに聟島列島を通過(これは東京行き便から撮影したため順光)。平べったい聟島(中央、別名ケータ島)の他に、北の島(左)、媒島(右)、嫁島(さらに右で写っていない)などが連なる。父島を目指す観光客にとっては、初めて小笠原諸島の島と出くわした感動の瞬間、村民にとっては「今日の夕飯の買い物の心配」をする瞬間である。父島列島の北にある聟島列島は、全て無人島。父島からツアーがあって、聟島へは2時間ほどで行けるそう(私は行ったことない)。おがさわら丸には数名ボランティアガイドが乗船していて、聟島列島が見えたあたりから、小笠原諸島や動植物など、いろいろ解説をしてくれる。およそ島民らしからぬ風貌の私だが、診療所の薬窓口で面が割れているからか、デッキに1人でいてもガイドは絶対私には話しかけてこない。

離島で働く上で、新卒や未経験は関係ない!

ここからは私個人の見解で、採用を審査する側の見解ではないことを断っておきます。薬剤師に任期は無いので、居心地がよければいつまで居ても良いのです。ただ、自分を取り巻く状況や考えは、随時変わっていくもの。何年以上仕事を続けないといけない、みたいなことは意識しなくていいと思います。海が好きである必要もありません。島での生活なんて人それぞれ、海で遊ばないといけない決まりはありません。新卒や薬剤師業務未経験でも、私はかまわないと思っています。発想を変えて、新卒や未経験の人は変な先入観がないことが、かえってプラスになるケースも多いと考えてください。それに勉強なんて、いくらでもする時間はあります。ただし在任中は、上京しての研修や勉強会への参加は、不可能だと言っておきます。

応募締め切りは8月末、まだ考える時間はあります。転職を考えている人は、ぜひとも小笠原村を候補に入れてください。ちなみに私が体験した、荷物が同時に届かなかったり、水の入ったペットボトルを枕にしたり、冷房の無い部屋で熱中症と背中合わせの2週間とかは、私のときが「赴任が夏の暑い盛りだった」「部屋が決まったのが赴任5日前」「担当者が入れ違いで上京していた」、他にも様々な不運が重なっただけで、普通は絶対起こりえないのでご安心を。引っ越しなどは、事務さんがいろいろ面倒をみてくれます。

次の仕事は、また離島で?

さて、私は退職後どうするか。まだわかりません。普通の調剤薬局で働いてみたい、などと以前のインタビュー記事で言ったと思いますが、具体的にはっきりと考えているわけではありません。なにしろ父島からでは就活は難しいです(このへんの事情はいずれ別の記事で)。いずれ結婚もしたいし、そろそろ落ち着かないとな、とは思っていますが、どうなることやら。

いろいろ書きつつも、どこかの離島の診療所などで、私を必要としてくれるような所があれば、また離島で働くかもしれません。「物資とは、発注して一週間待たないと届かないのが当たり前である」という、この小笠原で得た感覚、経験は、役立てるとしたらやはり離島になるでしょうか。離島なら、さすがに小笠原よりはもう少し交通の便の良い島がいいですが。

いずれにせよ、読者の方と来年以降、どこかで一緒に仕事をすることになるかもしれません。そのときはご指導のほど、よろしくお願いいたします。

次回は小笠原で働く上で最も気になる、「休暇事情」を紹介します。

【コラムコンセプト】
僻地や離島の薬剤師業務って、給料は高いだろうけど、周りに何にもない不便な所で大変そうなイメージがある。それに不便な地で「生活」もしていかなければいけないから結構な覚悟が必要そうだ。......けど実際のところはどうなの?そんな興味と疑問を併せ持つ薬剤師のために、日本で最も行きにくい離島で働く薬剤師が送るコラム連載。良い面悪い面全てを含め、離島におけるありのままの薬剤師業務や生活を、面白おかしくお伝えしていけたらと考える。堅苦しい薬の記事の合間にここを読めば、「私は都会でないと無理だ...」と思っている人も、(保証はできないが)案外すんなり僻地でもやっていけるかもしれない。

【小西良典氏 プロフィール】cfe16ed4007e8fd8d26248d6a2afad043c7a3e9f.jpg
大学卒業後薬学部ではなく理学部の大学院に進学。博士課程を中退。その後、ドラッグストアなどで働きながら全国を旅する生活を続けて8年あまりのある日、旅行先の小笠原村が薬剤師を募集していることを知り、勢いで出願。見事採用され、以後、父島の診療所に勤務。旅行経験から、全国どこの街でも道に迷わない自信がある。趣味は工作、パソコン、料理、ロシア語など多数。最近は、毎日録画をしている昼の映画や海外ドラマを片付けるだけで週末が終わっていく。

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