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小笠原ひとり薬剤師の日常業務

2017年08月10日 09:45

 この記事を書いていたのは、実は6月の終わりごろの話。その6月下旬ごろの小笠原に出るものと言えば「羽根アリ」。この時期の夜(特に雨上がりの夜)になると羽根アリが大量発生し、ベランダのプランターの土や、外に干した洗濯物にも落とされた羽根が付着していることがあります。職員住宅では、アリが集まらないよう、この時期は街灯が消されていることもあります(おかげで車を駐車場に入れにくい)。また、路上でお亡くなりになっているウシガエルをよく見かけます。これは街灯に集まる羽根アリを狙って飛び出してきて、運悪く車にひかれてしまったものです。

目次

  1. 午前の3時間に集中する処方箋
  2. 在庫管理の失敗は印象に残る。現在はほぼ欠品なし

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5月下旬、小笠原村はまとまった雨が降り、ようやく水不足を脱却した。だが、以降一転、6月中旬まで雨ばかりだった。ひどい場合は土砂災害警報が出ることもあった。せっかくはるばる小笠原まで来ても、毎日こんな天気では観光客が気の毒である。この写真を撮ったのは、西之島を見に行った日。すさまじい大雨、ターミナル前のトンネルはこのありさま。もはや通れない、というか通りたくない(しかもこのとき私はノートPCを抱えていた)。けどここを通らないと家へ帰れないので、通るしかない。水不足一転大雨、両極端なのは困りものであるが、まあ得てして世の中とはそういうものである。

午前の3時間に集中する処方箋

 そんな6月もあっという間に過ぎ去ると、小笠原村が最も忙しくなる夏を迎えます。今回はちょっと趣向を変え、私の普段の仕事の様子を少し紹介したいと思います。まず、父島診療所の処方箋は、専門診療などのない、午前だけ外来の日で、院内処方箋は1日に平均して、だいたい18枚程度が出ています。貼り薬だけとか、軟膏一本など単純なものから、錠剤10錠以上を1包化しないといけないようなものや、兄弟でそれぞれ粉薬4種類といったものまで、全て合わせて1日平均18枚です。少ない日は10枚程度、多い日だと26枚程度。「なんだ、そんな程度か少ないな」と思われるかもしれませんが、これにはからくりがあります。処方箋のほとんどは、外来営業時間の午前中の3時間に集中します。これを一般的な薬局のように1日9時間営業に換算すると、1日平均54枚を処理していることになります。田舎や離島ののんびりしたイメージとは裏腹に、忙しさは想像以上です。これでは外来時間中、ほかの作業はなかなかできません。

 薬局業務は、私と看護師さんの2人で行います。以前は看護師さんは診察介助担当や検査担当などとローテーションでしたが、ここ1年以上の間、薬局担当の看護師さんはほぼ決まっています。薬局担当看護師さんは島内在住30年以上の大ベテランで、まさに「歩く戸籍係」。患者さんのことや以前の小笠原村の事情などをよく知っている方で、私も薬局業務では何度となく助けられています。薬局業務に就く看護師さんがある程度固定になってから、調剤ミスや渡し間違いは減りました。こちらとしては助かっているのですが、逆に言えば他の看護師さんが薬局業務を経験できる機会が少なくなっていることも確かです。夜間や休日、そして私と普段薬局を担当する看護師さんの2人ともに不在になる場合などで、慣れない看護師さんが薬局業務をせざるを得なくなってしまう点は、やや心配でもあります。

 さて、今から挙げるものは全て当診療所採用薬ですが、共通点があります。あいうえお順に、アスパラカリウム錠、アスパラ-CA錠、アレビアチン錠、アローゼン顆粒、ウルソ錠、オパルモン錠、ケタスカプセル、ジェイゾロフト錠、シグマート錠、シナール配合錠、シロスタゾール錠、スルピリド錠、セファドール錠、大建中湯、チラーヂンS錠、デプロメール錠、ハルナールD錠、プラビックス錠、ヘルベッサーRカプセル、ベンズブロマロン錠、ボグリボース錠、メリスロン錠、メルカゾール錠、抑肝散、ラシックス錠、リシノプリル錠、レニベース錠、リカルボン錠、リーゼ錠、ロゼレム錠、ワーファリン錠。さっと思いつくだけでも、けっこうたくさんあります。

 先発後発、錠剤粉末とりまぜいろいろ、一見関連なさそうなこれら医薬品の共通点は、「現時点で院内処方で定期的に服用、使用している患者全員の氏名を、私が今すぐ答えられる医薬品」です。患者さんがどんな人か、顔すらも実はあまりよく知らない、それでも名前と服用薬だけは答えられる。こういうのは、患者さんがほぼ固定される、遠隔離島ならではです。

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発注操作は、通常はおがさわら丸東京出港の2日前に締め切る。つまりそれ以後は今発注しようが次の週明けに発注しようが、どうせ納品は次便なので、慌てても無駄。たとえ物品が足りなくなっても、自分の見通しの甘さを責めつつ、他職種の白い目線に耐えつつ、「無い袖は振れない」と居直るしかない。そうやって何度も痛い目に遭って、初めて理解できることも多い。
それにしても、発注を締め切ったとたんにこうして多数の空箱(すなわち医薬品の出庫)が発生する場合が多いこと多いこと。まあ得てして世の中とはそういうものである。

在庫管理の失敗は印象に残る。現在はほぼ欠品なし

 以前にも少し話しましたが、「30日分薬が出れば、4週後にその患者さんは、きっとまた受診に来る」を前提として、採用医薬品のうち、内服薬は処方数と予測を、週単位でほぼ全品目について集計しています。先に挙げた医薬品は採用品のごく一部ですが、それでも頭の中だけで動きを把握しておれば、自動発注や在庫管理システムが存在せず、週1回しか納品の無い当診療所でも、ほぼ欠品は発生しませんし、品目によっては極端に在庫を絞ったりすることも可能になります。また、「飲んでいる薬全てを間違いなく言える患者さん」も多いです。受付のPCを覗きに行っては、受付された患者さんの名前をチェック、半割する錠剤が処方される患者さんの名前を見つけた瞬間、処方箋が出るはるか前から錠剤を割って準備しておきます。

 以上、私の日常業務を少し紹介しましたが、1人薬剤師で過酷な業務に揉まれ、いろいろ失敗をしているうち、他のスタッフから気持ち悪がられるレベルの記憶力を、いつの間にか身につけてしまいました。在庫管理は一度失敗すると印象に残るため、覚えてしまいやすいです。また、集計していると服用者数やサイクルなどに明らかな傾向が見え、患者さんの薬を覚えるし、在庫管理の大きな助けになります。しかしながら、このような状況は非常に危険でもあります。私が突然ケガや病気で仕事ができなくなったら?また、刻一刻と変動するこれらの情報を、いかに断絶させることなく正確に引き継いでいくか、なども課題として残っています。

 ただ、小笠原村への応募を考えている方の中には、「そこまでは無理だ」と思う方もいるかもしれませんが、1つ言えるのは、恐れる必要はないということ。ここまでたどり着くまでに、私はかなり失敗や苦労を重ねました。私の後任となる方も、最初は苦労するでしょう。しかし赴任1年後には、私以上に効率よく業務をこなせるようになっていることと思います。

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有史以来人類を寄せ付けない島、南硫黄島。3年前の硫黄島クルーズツアーで撮影。直近では7月に上陸調査が行われているが、人類の上陸例は数度の調査と、あとは遭難程度でかなり少ない。全体が急斜面で、どこから頂上へ登ればいいのかさえ、素人には全くもって見当もつかない。調査隊はかなり難儀したそうである。
写真では実感できないが、この島の標高は916mでスカイツリーよりずっと高く、東京島しょ部最高峰である。ハリーポッターの作者によれば、山頂の雲の中(ほぼ年中雲がかかっている)に、ホグワーツ魔法学校と並ぶ魔法学校があるそうな。そんな学校に入った日には、学業より前に生活面で挫折しそうである。もっとも、私のような小市民は、魔法など使えたところで所詮低レベルな発想しかできない。まあ得てして世の中とはそういうものである。

【コラムコンセプト】
僻地や離島の薬剤師業務って、給料は高いだろうけど、周りに何にもない不便な所で大変そうなイメージがある。それに不便な地で「生活」もしていかなければいけないから結構な覚悟が必要そうだ。......けど実際のところはどうなの?そんな興味と疑問を併せ持つ薬剤師のために、日本で最も行きにくい離島で働く薬剤師が送るコラム連載。良い面悪い面全てを含め、離島におけるありのままの薬剤師業務や生活を、面白おかしくお伝えしていけたらと考える。堅苦しい薬の記事の合間にここを読めば、「私は都会でないと無理だ...」と思っている人も、(保証はできないが)案外すんなり僻地でもやっていけるかもしれない。

【小西良典氏 プロフィール】cfe16ed4007e8fd8d26248d6a2afad043c7a3e9f.jpg
大学卒業後薬学部ではなく理学部の大学院に進学。博士課程を中退。その後、ドラッグストアなどで働きながら全国を旅する生活を続けて8年あまりのある日、旅行先の小笠原村が薬剤師を募集していることを知り、勢いで出願。見事採用され、以後、父島の診療所に勤務。旅行経験から、全国どこの街でも道に迷わない自信がある。趣味は工作、パソコン、料理、ロシア語など多数。最近は、毎日録画をしている昼の映画や海外ドラマを片付けるだけで週末が終わっていく。

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