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第1回 どうして誰もいないのだろう

島々の住民と共に生きる〜長崎県五島市・薬剤師奮戦記 ゆうとく薬局 平山匡彦

2017年09月01日 08:30

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出迎えたのはカエルだけ...?

 どうして誰もいないのだろう。

 厚い雲に覆われた空から、止むことを忘れたかのように雨が容赦なく地面を叩いています。まるで雨の森に取り残された迷子のようでした。平成24年(2012)年6月24日、梅雨真っ最中の日曜の朝のことです。

 私と相棒の井上広平先生は、二次離島で初めての「お薬説明会・相談会」を開催するため、大雨洪水警報が発令される中、久賀島(ひさかじま)に渡りました。福江島(ふくえじま)から海上タクシーに乗り、そこから車で会場らしき建物に到着したものの、鍵も開いておらず、人影すらなかったのです。

「嘘だろ〜?会場開いてないよ?誰もいないし、まいったな〜」

「先生、会場が違うってことはないですか?」と井上先生。

「そんなことないだろう、インターネットで"久賀町・公民館"って検索したらこの建物がヒットしたんだから。それに『久賀町住民センター』って書いてあるじゃん」

 雨の中、軒先に立ちすくむ私たちを、1匹のカエルだけがもの珍しそうに眺めています。

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降りしきる雨の中、私たちを迎えてくれたカエル

 私は長崎県の五島列島にある福江島で、ゆうとく薬局という小さな薬局を経営している薬剤師です。PharmaTribune誌85号・私たちはこんな薬剤師を応援しています「薬剤師を見たことがない人たちがいるという事実を知っていますか?」や、PTwebのfuturism「薬剤師としてできること」でも少し書かせていただきましたが、長崎県薬剤師会離島対策委員会の活動として、東京大学の澤田康文教授との共同研究で離島住民の医薬品適正使用に関する調査研究を行っています。

 長崎県五島市には、有人島が11カ所(福江島・奈留島(なるしま)前島(まえしま)・久賀島・蕨小島(わらびこじま)椛島(かばしま)赤島(あかしま)黄島(おうしま)黒島(くろしま)島山島(しまやまじま)嵯峨島(さがのしま))あります。福江島と奈留島には薬局があり、島山島は福江島と橋で結ばれていますが、それ以外の島には薬局がなく、薬剤師もいません。今回の舞台となる久賀島は人口323人〔平成29(2017)年1月現在〕。五島市の二次離島の中では、比較的住民の多い島です。

※私たちの研究における「二次離島」の定義:本土への直接的な移動手段がなく、薬局・店舗販売業がないような、大離島の周辺に点在する小離島(前島・久賀島・蕨小島・椛島・赤島・黄島・黒島・嵯峨島)

「もう来んとかって思っちょったよ」

 さて、話は戻ります。

 仕方ない。今回は、このカエルに薬の説明をして終わりとするか。冗談を言いながら記念にカエルの写真を撮影していると、1人の男性が駆け寄ってきました。

「薬関係の人ですか?ここにいたんですか。みんな公民館で待っていますよ!」

 案内されたのは住民センターから20mほど離れた場所に立つ、かなり古びた(ごめんなさい)木造平屋の建物でした。『久賀町公民館』と看板が掲げられています。なんと、会場を間違えていたのです。中に入ると20名もの人がわいわい、がやがやと私たちの到着を待っていました。

「もう来んとかって思っちょったよ」

 お詫びしつつ急いで準備し、挨拶もそこそこに説明会を開始しました。冒頭、少し固い表情で座っていた住民の皆さんでしたが、次第に表情もゆるんできます。薬の正しい飲み方を伝える一例として、指先に水をつけてカプセルをつまむ"ペタペタ実験"を実演しました。すると、指先にくっついたカプセル剤の様子を、身を乗り出して眺めたり手で触って確認するなど、皆さん興味津々です。

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ペタペタ実験の様子。「カプセルはゼラチンでつくられているため、濡れた手で触ると指にくっつきます。口の中や食道にもくっつきやすいので、十分な水で飲まなければいけません」

お薬手帳も薬情ももらったことのない人たち

 ひととおり説明が終わると、畑で取ってきたばかりの豆類を茹でたものが大量に出されて、懇親会を兼ねた相談会になだれ込みました。久賀町は目の前に学校も診療所もあり、久賀島の中では最も大きな集落です。今回参加された方々の平均年齢は75歳(68〜86歳)でした。比較的、薬の知識がある方も多く、いろんな相談や質問が投げかけられます。

「薬ば見てくれんね。私は夏みかんは食べてもよかね?」持ってきたお薬手帳を見せてくれる方がいました。それを見ていた隣の方が「あんたばっか、よかね〜。わたしは手帳は持たんばって、薬ば持ってくるけん説明してくれんね?」と、少しずつ輪が広がります。

 初めて気づいたのですが、お薬手帳を見たことのない人がたくさんいたのです。島の診療所ではお薬手帳を配布しませんし、薬剤情報提供書やお薬手帳用のシールももらえません。そこで私たちは、今後、お薬手帳を配布して使い方を説明することにしました。

 薬を持参して相談される方もいました。「体に良いと言われて、アルカリ温泉水を買って飲んでいる。この薬もその水で飲んだらより効くと言われてるけど、飲んでよいですか?」とのこと。指さす先にはボナロンが。アルカリ温泉水はミネラルが豊富で、pHも当然ながらアルカリ性に傾いているので、薬との飲み合わせは慎重に考える必要があります。そこで私は、ボナロンは水道水で飲み、アルカリ温泉水は30分ほど時間を空けてから飲むようにと説明しました。

 結局、予定よりも30分以上オーバーして終了。午後からは、大開おおひらきという別の集落でもお薬説明会・相談会を行いました。そのころには雨も上がり、総じて大成功の1日となりました。

 しょっぱなから大雨の中、会場を間違えるという大失態をしてしまいました。しかしこれは、これから始まる長い物語の、ほんの序章に過ぎなかったと分かることになります。それらについては、また追々。次回は、お薬説明会・相談会を始めることになった経緯をご紹介したいと思います。

五島曳船詩・予告編  五島列島ってどこにあるの?

 五島列島は長崎県にあります。長崎市から福江島までの距離はおよそ100kmで、長崎港からジェットフォイルで85分、フェリーで3時間ほどの船旅で、飛行機なら福岡から40分で到着します。140余りの島々からなり、ほぼ全域が西海さいかい国立公園に指定されていて、豊かな自然が残る美しい景観が魅力です。真っ白な広い砂浜にエメラルドグリーンの海があると思えば、島の反対側には恐ろしいほどの断崖絶壁が続く雄々しく荒々しい海。それに、多くの火山群から構成される美しい山々と溶岩海岸など、多種多様な自然が満載の「島々の王国」です。

 五島列島は古事記にも知訶島(ちかのしま)として登場しますが、日本の西の端に位置しているために、古くより遣唐使船の国内最後の寄港地としてや、倭寇の本拠地が構えられるなど、海上の交通の要所として様々な海外との異文化交流の足跡も見られます。また、キリスト教の布教も早く、多くのキリシタンが存在し数多くの教会がありますが、キリシタン禁止令による悲しい歴史も経験するなど、自然と文化と歴史、それに様々な伝説の残るとても魅力的な島々です。次回から、少しずつ紹介できればと考えていますので、お楽しみに。

【コラムコンセプト】

読者の皆さんは、薬局もなく薬剤師もいない離島があることを、そして、薬剤師とはどんな役割を担う医療者なのかを知らない人がいることをご存じですか。私は長崎県の五島列島にある福江島で、ゆうとく薬局という小さな薬局を経営している薬剤師です。長崎県薬剤師会離島対策委員会の活動として、東京大学の澤田康文教授との共同研究で、離島住民の医薬品適正使用に関する調査研究を行っています。これからしばらく、私の周辺で巻き起こったドタバタ劇を紹介させていただくことになりました。お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

平山匡彦ひらやまただひこ氏 プロフィール】

大学では、写真部やハンドボール部など複数のクラブを掛け持ちするなど充実した学生生活を送る。卒業後は、石川県金hirayamatadahiko.jpg沢市の徳久和夫先生、綿谷小作先生に師事し、その後、郷里の長崎県五島市へ戻り、平成10(1998)年よりゆうとく薬局を独立開業。仕事の傍ら、友人たちとNPO団体を設立し、タウン情報誌の発行の他、様々な島おこし活動を行う。薬剤師会の活動としては、平成29(2017)年現在、一般社団法人長崎県薬剤師会理事及び一般社団法人五島薬剤師会理事を兼任。長崎県薬剤師会の離島対策委員会に所属し、東京大学の澤田康文教授の指導による離島住民の医薬品適正使用の調査をきっかけとして、現在、薬局がなく薬剤師が存在しないような島々を巡りながら、薬の説明会や相談会を継続開催している。

ゆうとく薬局:http://www.yutoku-ph.jp

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