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小笠原での麻薬取り扱い手続き

2017年10月31日 09:45

 9月の連休を前に、帯状疱疹になってしまいました。なったことのある方はわかると思いますが、「超絶」痛いです。しかも私の場合、できたのは顔面右側。頭痛と発熱に悩まされ、連休中はずっと寝込み、ひどい目に遭いました。しかも薬代がけっこう高いんですよね。2年ほど前にバルトレックス®錠を後発品に変更したのですが、今回ほど「よくやった!昔の私」と思ったことはありません。1人暮らし、1人薬剤師だと病気になったときが大変、健康のありがたみを改めて認識しました。

目次

  1. 麻薬に関する手続きの苦労
  2. 麻薬の廃棄も一苦労

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8月の山の日前後の金曜土曜日曜で、小笠原の夏祭りが執り行われる。この期間は島内人口が一気に増え、マッコウ音頭や小笠原音頭に合わせて踊る盆踊りは、毎年大いに盛り上がる。土曜の夜には打ち上げ花火も上がる。地元のPL花火と比べてはいけないが、花火はほぼ真上に打ちあがり、小笠原の花火もなかなかの大迫力。この写真は何年か前、会場準備などを手伝うことになったときに撮影。ほうきや「念のために」水の入ったバケツを渡され、建物の上に登り、落ちてくる燃えカスを片付ける係になった。ちなみに燃えカスは思ったよりたくさん落ちてきたことに驚いた。全国の華やかな花火大会の裏では、こういった燃えカスの清掃などといった地味で大変な作業が、人知れず行われているのだろう。

麻薬に関する手続きの苦労

 さて、前回に引き続き麻薬に関する手続きについてです。まず、赴任後最初に出くわしたのがいわゆる「年間届」です。10月に、今現在診療所で在庫している麻薬の種類と数量を届け出なければなりません。そんな書類、書くのも初めてであり、いろいろ調べながら書くことになりますが、やっぱり勝手がわからないと記載ミスなどしてしまうわけです。おかげで2013年のものは、訂正印だらけになってしまいました。また、当時は麻薬の箱には製造年月日しか記載がなく、「これいつまで使えるのか?」と迷ったこともありました。

 麻薬の発注の場合は、譲受証を書かないといけないわけですが、ここに必要な「開設者の印」が問題なのです。小笠原村の場合、開設者は村長なので、村長の公印が必要になります。当然ながら村長は診療所で勤務しているわけではないので、公印をもらうのもひと手間かかります。あらかじめ品目や数量のみを空欄にした譲受証を複数用意し、村長の公印だけ先にもらっておく...などと考えたものの、年をまたいで麻薬管理者番号が変わったりして(卸からもらったフォーマットには、すでに管理者(所長)名まで印字されていた)、せっかくの譲受証が全て差し替え、なんてこともありました。開設者の公印を先にもらっておかないと、いざ急に発注する必要が出たときに、間に合わなくなります。船は一週間に一度しかありません。

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島内を走る車などは、このように貨物として運ばれる。おがさわら丸は客船であって、カーフェリーではないため、そのまま自走して車を乗せることはできないのである。内航型客船としては日本最大のおがさわら丸だが、車100台以上を搭載できるカーフェリーにくらべれば小さい。ちなみにおがさわら丸には、一度消防車が載せられているのを見たことがあるし、村内を運行している路線バスも、このようにおがさわら丸で輸送されてきた模様。

麻薬の廃棄も一苦労

 調剤済麻薬廃棄届も、年に数回書いている印象があります。調剤済麻薬は、薬局担当の看護師さんと2人で、がんばって液剤を開封して下水に放流したり、錠剤は感染性廃棄物などを捨てるところにいっしょに捨てるなどして、回収できない方法で捨てるわけです。もったいないですが、再利用は不可能なので仕方ありません。この調剤済麻薬廃棄届は、30日以内に提出すればいいので、週一便しかない小笠原でも、余裕を持って提出できます。かなり前ですが一度、提出後に薬務から連絡があり、ちゃんと代表者の印をくださいと言われてしまいました。ちゃんと押しただろ...と思いながらよく確認すれば、立派な印には「診療所長」としか書かれておらず、これでは誰が所長かわかりません。ああなるほど。そこで以後所長の公印と個人印の両方をもらうようにしたところ、何も言われなくなりました。

 この調剤済麻薬の廃棄、一度失敗したことがあります。都内の病院へ向けての救急搬送時、途中で使うかもしれないということで、麻薬処方箋に基づいて注射剤を払い出したのですが、結局使用することなく戻ってきました。ところが、こういう場合は「処方箋に基づいて払い出されている」、つまり調剤されていることになるので、再利用ってできないのですよね(これをお読みの方たちからすれば常識かもしれませんが、私は知りませんでした)。薬務にも確認し、結局泣く泣くこのアンプルは、未使用にも関わらず廃棄せざるをえませんでした。1アンプルだけとはいえ、もったいないことをしてしまったと、今でも後悔しています。麻薬の手続きはこういう一瞬判断に迷うケースも多く、また深夜休日の薬剤師不在時に払い出されるケースも多いため、難しいなと思います。

 麻薬の廃棄届も、やはり提出は避けられません。麻薬はほとんど使われないが、診療所の機能上ないと困ります。他に、使用を見越して発注したものの、結局使用されずに期限が切れる場合もあり、これらは廃棄となります。小笠原の場合は保健所ではなく、都庁の薬務課へ持参することになります(島しょ部にも保健所はありますが)。

 廃棄は、私の上京休暇時に合わせて持参します。帳簿と廃棄届、現品を持っておがさわら丸に乗り、竹芝到着後その足で薬務課に行き、麻薬を引き渡し廃棄届を提出して、帳簿に記載してもらって終了、となります。ちなみに持参廃棄の場合、乗船してすぐに麻薬は船の金庫のようなところに入れてしまいます。ですので、船内で私を見つけて襲撃したり、あるいは置き引きしても、麻薬は奪えないということです。

 麻薬廃棄も、失敗例を1つ。数年前、父島出航40分前まで午前の外来が終わらず、急いでいたこともあって、一度現品帳簿だけ持参、廃棄届を忘れていったことがあります。届を忘れたことに気づいたのは出港翌朝の八丈島沖。もはやこれではどうにもなりません。さすがに焦りましたが、そのまま都庁へ行ってわけを話し、後日届だけ郵送ということにしてもらえました。「そのまま麻薬を(父島に)持って帰られたらそれこそ問題ですから」と言われましたが、まったくその通りです。他にも津波警報で竹芝到着が遅れ、関係各所に迷惑をかけたこともありました。

 以上のように、麻薬はなかなか使用局面に遭遇しないのですが、手続きはきちんとしておかないと、行政の立ち入り検査が来たりすると困ることになりますので、日ごろから手は抜けません。行政の立ち入りも何度かあったのですが、この話もそのうちしたいと思います。

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アクアラインが見えてくれば、ゴールの竹芝までもう少し。2015年9月のある日、地震が発生し津波警報が出て、警報解除までおがさわら丸は沖合待機となってしまった。ゴール目前にこんなところで待機となってはたまらない。携帯電話の電池残量が怪しくなってきて、遅れることを都庁薬務に連絡しようとするが、連絡先がわからない、調べれば一気に電池が減る。そういうときに限って、通路のコンセントはどこも誰かが何かをつないでいて使えないのである。

結局麻薬廃棄はできたものの、都庁の方にもその後約束していた院外薬局さんにも宿にも迷惑をかけてしまった。このようなことがあったものだから、3代目おがさわら丸に変わり、二等寝台全てでコンセントが使えるようになったことで、私は大喜びした

【コラムコンセプト】
僻地や離島の薬剤師業務って、給料は高いだろうけど、周りに何にもない不便な所で大変そうなイメージがある。それに不便な地で「生活」もしていかなければいけないから結構な覚悟が必要そうだ。......けど実際のところはどうなの?そんな興味と疑問を併せ持つ薬剤師のために、日本で最も行きにくい離島で働く薬剤師が送るコラム連載。良い面悪い面全てを含め、離島におけるありのままの薬剤師業務や生活を、面白おかしくお伝えしていけたらと考える。堅苦しい薬の記事の合間にここを読めば、「私は都会でないと無理だ...」と思っている人も、(保証はできないが)案外すんなり僻地でもやっていけるかもしれない。

【小西良典氏 プロフィール】cfe16ed4007e8fd8d26248d6a2afad043c7a3e9f.jpg
大学卒業後薬学部ではなく理学部の大学院に進学。博士課程を中退。その後、ドラッグストアなどで働きながら全国を旅する生活を続けて8年あまりのある日、旅行先の小笠原村が薬剤師を募集していることを知り、勢いで出願。見事採用され、以後、父島の診療所に勤務。旅行経験から、全国どこの街でも道に迷わない自信がある。趣味は工作、パソコン、料理、ロシア語など多数。最近は、毎日録画をしている昼の映画や海外ドラマを片付けるだけで週末が終わっていく。

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