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第3回 薬剤師?なんかそら?

島々の住民と共に生きる〜長崎県五島市・薬剤師奮戦記 ゆうとく薬局 平山匡彦

2017年11月01日 08:00

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「先生、なんでこんな調査をしてるんですか?」

 二次離島訪問調査に行ったときのことです。そう尋ねた薬剤師さんは、初めての参加でした。

「そうですね~、なんででしょうね~。今は大して役に立たないかもしれませんけど、私たちの子供や孫が薬剤師になった時に、薬剤師が必要だって思ってもらうためですかね~」

「島に行って、直接話を聞いてみようか」

 最初の郵送方式で行ったアンケート調査によって、医薬品がネット販売できなくなっても離島住民は困らないことは明らかになりました。でも、この時点ではまだ、二次離島の住民に対する適正な医薬品の供給や情報の提供システムを構築できていません。それに、複雑なアンケートに回答できなかった高齢者などの声を聞き取れていないのではないかという反省もありましたので、私たちは、この調査で結論を出すのはまだ早いと考えました。実際に島の皆さんの生活スタイルや環境を見たことも感じたこともないわけですから、結局は想像でしかないように思えたのです。

 そこで、「島に行って、直接話を聞いてみようか!」という話が持ち上がりました。これが平成 23 (2011)年に実施した離島調査第二弾の「二次離島訪問調査」です。

倫理審査ってなに?

「二次離島訪問調査」とは、自分たちで実際に島に渡り、二次離島の住民の皆さん一人ひとりに直接インタビュー調査を行うというものですが、この調査の手法について、テレビ会議で東京大学の澤田康文教授からご指導頂いているとき、聞いたこともないような話が飛び出ました。

「このような調査を行い、さらにその調査結果を学会や論文として発表するとなると、倫理審査委員会の承認が必要です」

 それを聞いた私の目は、おそらく"点"になっていたと思います。「なんですか?...それは」やっとのことで声を出した私に追い打ちが。「それと、調査をする皆さんで倫理セミナーを受講してください」

 なんということでしょう。初耳のオンパレードです。倫理審査委員会の存在なんて聞いたことありませんし、このあたりで倫理セミナーなんかやっていません。それに二次離島といっても、1人や2人で回れるものではありません。どうやって調査員全員をセミナー受講させようというのでしょう。

 途方に暮れた私は、長崎県薬剤師会の偉い人たちに泣きつくことになります。そして、どうにか倫理審査委員会を立ち上げていただき、同委員会から二次離島訪問調査の実施を承諾してもらうことになります。さらに、五島市に8か所ある二次離島を隅々まで歩き回るためには多くの調査員が必要になります。

 そこで五島全域の薬剤師有志に協力を求め、調査に参加していただける薬剤師全員に倫理セミナーを受講してもらいました。また、全員分の交通費などの資金も必要になりますので、「財団法人一般用医薬品セルフメディケーション振興財団」に研究助成の申請をして、助成していただくことができました。

 私たちは、こうしてやっと離島調査第二弾のスタート地点に立つことができたというわけです。

島の中を歩くしかない

 二次離島と言ってもサイズは皆それぞれです。中には、かなり大きな島もありますし、皆さんまとまった集落に住んでいるわけではありません。

 五島には、隠れキリシタンの方たちが多く存在していたという歴史や、平家の落人おちうどが流れ住んでいたという伝説もあります。その影響かどうか定かではありませんが、集落から離れた山奥に家が点在することも珍しくありません。それに、車が入る道などは限られていますので、調査は困難を極めました。

goto3_research1.jpg島内を徒歩で巡っての調査

 しかし、調査員が島の住宅地図を持ち寄り、島中をくまなく歩き回ったおかげで、前回のアンケートよりも多くの回答を得ることができました。

薬剤師ってなに?

 二次離島住民は、年老いた夫婦で生活する者が全体の約半数を占めていました。また、ご夫婦のうち、どちらかが亡くなられたり、あるいは一次離島の病院に入院したり施設に入所したりして、1人で生活している老人も、かなり多くなっているようでした。そのような中、実際にお宅にお伺いすると、とてもインターネットを利用して医薬品を注文する状況にはないように感じられました。

 そして、とても驚いたことに、住民の皆さんの約2割は、ほとんど島を出ないということでした。二次離島には薬剤師はいません。つまり、この方たちは薬剤師に接することがないのです。

 事実、調査をする際に「薬剤師の平山です」と自己紹介するわけですが、「薬剤師?なんかそら?」なんて言葉が返ってくることも珍しくなく、薬剤師が何なのか分からない方たちも少なくありません。

goto3_research2.jpg薬剤師?なんかそら?

 しかし、二次離島にも医療は存在していて、医師や看護師によって定期的に診療が行われています。当然、投薬も行われていますが、そこに薬剤師の介入はありません。ちまたでは「薬剤師不要論」など、薬剤師の存在意義が議論されたりしていますが、二次離島には「薬剤師」という職業そのものを知らない方たちが大勢存在しています。この方たちに、「薬は薬剤師が...」と説明しても戯言にしかなりません。この事実には、さすがにびっくりさせられました。でも、これが現実なのです。

 いかがでしょう。皆さんはどのように感じられましたか?次回は、この調査で知り得た二次離島の真実を、もう少しだけ紹介させていただきます。

Hirayama T, et al. Yakugaku Zasshi 2013;133:913-922.(PDF

五島曳船詩・福江島 鬼岳編

島を見下ろすやさしい鬼

 一度でも島に来たことがある者なら、その山が見えてくると島に帰ってきたと懐かしさを憶えるだろう。

goto3_onidake1.jpg海から見える鬼岳の姿

新年には眼前の水平線から初日の出が登り待ちわびた人々の顔を明るく照らす。2月には山焼きが行われ古い草が焼き払われる。その炎は美しく、そして怪しく島の暗闇を蠢きながら新しい命を宿す準備をする。春には緑鮮やかな芝生を全身にまとい、駆け回る遠足の子供たちの声を響き渡らせる。夏には真っ青な空に威風堂々とそびえ立ち、潮の香りと、むせるような緑の濃い香りが心地よい。そして夏の終わりから秋にかけて小さき可愛い花が咲き誇り、11月には一面にススキが広がる。四季折々の顔を持ち、島民にとっては最も親しみを感じ、また信仰の対象ともなる福江島のシンボリックな山である。

goto3_onidake2.jpg鬼岳に広がるススキ

 その名を鬼岳と言うが、その名に似合わず、中心街から望むその姿は柔らかで女性的な膨らみさえ感じる。しかし、未だ休火山であり、学術的には、アスピーテとホマーテが重なって構成される珍しく貴重な山である。滑らかな山肌を上り頂上まで登ると福江島の山々と市街地、広がる東シナ海、そしてそこに浮かぶ小さな島々を見渡すことができ、その景色は息をのむほど美しい。

 しかし、鬼岳の頂上からの麓に下りるときには駆けない方がいい。きっと止まれなくなるから。

【コラムコンセプト】

読者の皆さんは、薬局もなく薬剤師もいない離島があることを、そして、薬剤師とはどんな役割を担う医療者なのかを知らない人がいることをご存じですか。私は長崎県の五島列島にある福江島で、ゆうとく薬局という小さな薬局を経営している薬剤師です。長崎県薬剤師会離島対策委員会の活動として、東京大学の澤田康文教授との共同研究で、離島住民の医薬品適正使用に関する調査研究を行っています。これからしばらく、私の周辺で巻き起こったドタバタ劇を紹介させていただくことになりました。お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

平山匡彦ひらやまただひこ氏 プロフィール】

大学では、写真部やハンドボール部など複数のクラブを掛け持ちするなど充実した学生生活を送る。卒業後は、石川県金hirayamatadahiko.jpg沢市の徳久和夫先生、綿谷小作先生に師事し、その後、郷里の長崎県五島市へ戻り、平成10(1998)年よりゆうとく薬局を独立開業。仕事の傍ら、友人たちとNPO団体を設立し、タウン情報誌の発行の他、さまざまな島おこし活動を行う。薬剤師会の活動としては、平成29(2017)年現在、一般社団法人長崎県薬剤師会理事及び一般社団法人五島薬剤師会理事を兼任。長崎県薬剤師会の離島対策委員会に所属し、東京大学の澤田康文教授の指導による離島住民の医薬品適正使用の調査をきっかけとして、現在、薬局がなく薬剤師が存在しないような島々を巡りながら、薬の説明会や相談会を継続開催している。

ゆうとく薬局:http://www.yutoku-ph.jp

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