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第5回 なんでこの薬が俺に合うんだ?

島々の住民と共に生きる〜長崎県五島市・薬剤師奮戦記 ゆうとく薬局 平山匡彦

2018年01月04日 08:00

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島の外で会ったことのない人々

 島に渡ったときにしか会わない人たちがたくさんいます。今回は、椛島という島へ渡ったときにだけお会いする方たちとのやりとりをご紹介します。

 椛島は二次離島の中でも比較的大きな島で、住人は2017(平成29)年時点で140人程度ですが、昭和30年代には実に3,000人を超えていたそうです。私はこの島では学校薬剤師として務めていました。といっても、当時、子供は1人だけでしたが。鉄筋3階建ての小学校と中学校が並び、それぞれの校舎の真ん中には大きな体育館を備えています。そして広いグラウンドがあり、目の前には海。堤防や桟橋もあり、船を学校の前に横付けできます。レクリエーションは釣り大会だったそうです。素晴らしい環境の学校でしたが、現在は子供たちもいなくなり、休校となっています。

goto01_school.jpg今では休校となった椛島の小・中学校

お前に俺の何が分かるんだ?

 初めて椛島へ渡ったとき、1人の老人に声をかけられました。

「薬剤師さん、先日、港の近くの大きな薬屋でかぜ薬を買おうとしたんだ。そして、"俺に合うかぜ薬をくれ"と言ったら、"これがいいと思います"と言って、薬を出してきた。それで俺は言ってやったんだ。"なんでこの薬が俺に合うんだ?お前は何も聞かずにこの薬を出してきた。お前に俺の何が分かるんだ?"と」

 すごい!私は、鳥肌が立ちました。これは強敵だぞ。そこで私は、ゆっくりとその方の話を聞くことにしました。聞けば、前立腺肥大症で通院歴があります。昔、尿閉を起こして困ったこともあったそうです。そのときに「かぜ薬にも注意しないといけない」と聞いたとのことでした。みなさん、事件は薬局で起きているのではないのです、島で起きているのです。そしてたたみかけるようなひとことが。

「で? 俺はかぜを引いた時、どんな薬を飲めばいいんだ?」

なんでPL顆粒が?

「薬剤師さん、ちょっと家までついてきてくれないか」

 じっくりと話を聞いて、いろんな薬の話などをさせていただいたので、少しは信頼していただけたのでしょうか。老人は、私を自宅へ招いてくれました。

「ちょっと薬を見てくれ」

「へ?」なんと、薬袋の中にはPL顆粒があるじゃないですか。

「おじさん、これ何?かぜ薬があるみたいだけど」

「大丈夫、量は加減して飲んどるけん」

 いやいや、そんな問題じゃ...? その後もいろいろ薬の話などをして、ご自宅を後にしました。この老人との付き合いは今も続いていて、島に着いたらまずは自宅まで挨拶に寄り、体調や薬のことなどを確認するようにしています。非常に高齢のため足は不自由で、杖を突いているのですが、今でも口はとても達者です。でも面白いことに、実はこの方は、私の経営する薬局には来ないのです。

goto01_ihukuki.jpgお薬説明会・相談会には来てくれます

薬の説明は誰から聞くのか?

 先日も、こんなことを言われました。

「平山さん、俺はあんたの薬局がどこにあるかは知っている。でもなぁ、福江の病院に行くときには、船着き場からタクシーでまっすぐ病院に行くだろう?そして、処方箋をもらったら目の前の薬局で薬をもらって、そのままタクシーで港まで帰らなきゃならん。だから行きたくてもあんたの所へは行けん。というわけで、薬をもらうときにあんたに説明されることはないから、アンケートで"薬の説明は誰から聞くのが分かりやすいか"と尋ねられても、医師としか答えんよ」

 私はこう答えました。「薬はうちでもらわんでもいいから、港に行く途中で薬局に寄ってよ。説明だけでもさせてもらうから」と。

 島には、こんな方がたくさんおられます。でも、薬のことを相談してくれるだけでもいいじゃないですか。ですよね?

お薬手帳って、いただけますか?

 そして、椛島のもう1つの話です。初めてのお薬説明会が終了し、それぞれの方の相談に応じているとき「あの〜、お薬手帳って、いただけますか?」と声をかけられました。説明会の内容にはお薬手帳についても含まれていますし、他の島でもほしいと言われたので、お薬手帳を何冊も持っていくようにしています。「もちろんありますよ」と、私の薬局(ゆうとく薬局)のお薬手帳を一冊差し上げました。「この手帳を持っていって島の診療所でも書いてもらってください。他の病院や薬局でも使ってくださいね」とひとこと添えて。

goto01_hongama.jpg本窯もとがまでのお薬説明会・相談会

 この地域でのお薬説明会・相談会は今年〔2017(平成29)年〕で6回目になりますが、この方は毎年相談会の際に「そろそろなくなりそうなので、新しいお薬手帳をください」と声をかけてくださいます。そして毎回、使っている手帳を持ってきてくれるのです。内容を一緒に確認しながら体調を尋ね、飲んでいる薬の説明などをさせていただき、新しいお薬手帳を付け足します。でもこの方は、島の診療所以外にも、福江島内の医療機関や複数の薬局で薬はもらっています。なぜそこで手帳をもらわないのかが分かりませんが、私の薬局の名前が入った手帳をにこにこしながら見せてくれるので、こちらも嬉しくなります。

これはいいものをもらった

 この方の隣に、90歳オーバーのおばあちゃんが2人腰掛けていました。そして、お薬手帳をもらう様子を見ながら、とても興味を持ったようでした。私はその方たちにも手帳を渡しながら、使い方を説明してみました。

 すると「これはいいものをもらった。今は島の診療所にしか行っていないけれど、今度これに薬のことを書いてもらって、いつか福江に行くときには絶対に持って行きます。いい話を聞かせてもらった上に、こんなよいものをもらって、何から何まで本当にありがとうございました」と手を合わせて帰って行きました。きっとこの方も、私の薬局に来られることもないのかなと思いながら、でもなんだか、とてもいい気分にさせていただきました。

五島曳船詩・椛島編

この島の神様は高いところが好きらしい

 椛島は平地が少ない。だから田んぼはもちろんのこと、畑らしい畑は見かけられない。ただ、水は豊富にある。一度雨が降ると、切り立った島の山々から滝が現れ海に注ぐ。島は、鳥が羽を広げたような形状をしており、良質な石が切り出せることでも知られているらしい。断崖の1つは、空海がかつて登ったとする階段状のものもあるが、これはあくまでも伝説の1つであろう。

goto01_waterfall.jpg海に注ぐ滝

その海は美しく透き通り、漁場も豊富にある。山から注がれる栄養豊富な水も影響するのか、魚影も濃く釣り人も多い。

goto01_kabashimasea.jpg椛島の海

島を織りなす山々は木々で覆われ、古より平家の落人伝説や、隠れキリシタンの人々が小さな集落をたくさん形成して暮らしていたという。しかし、この島にはやたらと長い階段がある。島の両翼にはそれぞれ大きな集落があり、どちらにも神の社がある。片方の本窯という集落には海のそばに椛島神社という大きなお祭りを催す神社があるが、その裏手から延びる階段を登っていくと、金比羅さんがある。この道程もかなりのものであるが、その一方の伊福貴いふきという集落の奥の高台には、八坂神社と書かれた鳥居がある。

goto01_yasaka.jpg八坂神社の鳥居

そこから続く自然石でできた不揃いの階段を約600段、一段そしてまた一段と汗を拭き拭き山頂にたどり着くと、綺麗に整備された境内と爽やかな風が迎えてくれる。そこからの眺めは、なんとも言えず美しく感動を呼ぶが、それはたどり着いた者にしか分からない。ただ、帰り道には気を付けたほうがいい。きっと膝が笑っているから。そしてもう1つ、この島に行くときにはハイヒールは止めたほうがいい。ここの神様は高いところが好きらしいから。

【コラムコンセプト】

読者の皆さんは、薬局もなく薬剤師もいない離島があることを、そして、薬剤師とはどんな役割を担う医療者なのかを知らない人がいることをご存じですか。私は長崎県の五島列島にある福江島で、ゆうとく薬局という小さな薬局を経営している薬剤師です。長崎県薬剤師会離島対策委員会の活動として、東京大学の澤田康文教授との共同研究で、離島住民の医薬品適正使用に関する調査研究を行っています。これからしばらく、私の周辺で巻き起こったドタバタ劇を紹介させていただくことになりました。お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

平山匡彦ひらやまただひこ氏 プロフィール】

大学では、写真部やハンドボール部など複数のクラブを掛け持ちするなど充実した学生生活を送る。卒業後は、石川県金hirayamatadahiko.jpg沢市の徳久和夫先生、綿谷小作先生に師事し、その後、郷里の長崎県五島市へ戻り、平成10(1998)年よりゆうとく薬局を独立開業。仕事の傍ら、友人たちとNPO団体を設立し、タウン情報誌の発行の他、さまざまな島おこし活動を行う。薬剤師会の活動としては、平成29(2017)年現在、一般社団法人長崎県薬剤師会理事及び一般社団法人五島薬剤師会理事を兼任。長崎県薬剤師会の離島対策委員会に所属し、東京大学の澤田康文教授の指導による離島住民の医薬品適正使用の調査をきっかけとして、現在、薬局がなく薬剤師が存在しないような島々を巡りながら、薬の説明会や相談会を継続開催している。

ゆうとく薬局:http://www.yutoku-ph.jp

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