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第9回 「農薬ん話じゃなかんなら帰ってヨカかな?」

島々の住民と共に生きる〜長崎県五島市・薬剤師奮戦記 ゆうとく薬局 平山匡彦

2018年05月01日 08:00

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五島の夏はウキウキしています

 お薬説明会・相談会を始めて2年目の7月21日。五島の空は良く晴れて夏真っ盛りです。真っ青な空と白く輝くビーチを求めて、都会からもたくさんの人達が集まって来ています。なんだか五島の島全体がいつもよりも色鮮やかに彩られ、耳に届く声も2オクターブくらい高く響きウキウキと感じられます。

 そんな頃、私達も朝早くから久賀島へ行く準備に追われています。こんな日にビーチ以外の海に向かうなんて、よほどの変人でしょう。

 今回は、いつもの井上先生の他に保健所の嵩下先生という薬剤師さんが一緒です。実験道具は忘れてないよね。パソコンに移動式スクリーンとプロジェクターも入れたよね。カメラは入れたっけ?ちなみに海水パンツは持参しません。

 そんなこんなでバタバタしながら海上タクシーと待ち合わせの港へ出発です。真っ白なビーチはありませんが、みんな自然とニヤニヤしています。午前中に訪れるのは、久賀島の内陸部に位置し農業が盛んで、きれいな小川があり美味しいお米がたくさん取れる素晴らしい地区です。

goto9_scarecrows.jpg青々と茂る稲、それを見守る案山子

カプセル開けちゃだめですよ〜

 ここでは、地域の人達が協力しながら農業を営んでいるようで、皆さんとても仲良しです。公民館の周囲の皆さんが、ほぼ全員集まってくれたようでした。こんなにうまく行ってよいのだろうかと疑いたくなるほどにスムーズに事が進みます。

「錠剤を勝手に割って飲んだり、カプセルを開けて飲んじゃダメですよ~」と言うと、「え~っ!気持ち悪い色をしていたから、カプセルから出して中身だけ飲んでいました~」と来ますので、「そんなことしちゃ、ダメですやん!」と、まるで台本通りのボケとツッコミです。

goto9_morningmeeting.jpg朝の説明会の風景

 そんなこんなで昼ごろまで楽しく過ごさせて頂いて、展望台でお弁当です。

「今日は楽勝だね」そう井上先生と話をしていた私たちは、午後からとても恐ろしい体験をしたのです。

アブ・アブ・アブ

 お弁当を食べたら島の中を散策です。久賀島はお盆前には刈り取りをするので、すでに稲もかなり成長しています。ところどころに立つ案山子もなかなか凝っています。

 一通り堪能した後、次の会場へと向かいました。この地区は、漁師さんたちが多く住んでいる町です。

 さて今度はどうかな~っと、ドアに手をかけます。「あれ?」開いてない。会場の鍵が閉まったままなのです。通りすがりの方に尋ねてみますと「町内会長なら、さっき船で出て行きよったよ」とのこと。まずいです。

 急いで町内会長さんのお宅へ行きましたら奥さんが、「鍵なら預かっとるよ。自分たちで開けて準備をして」とのことでした。

 そこで鍵を受け取り公民館を開けますと、そこには人ではなく、おびただしいほどのアブの大群が待ち構えていました。数えはしませんでしたが、それぞれ30匹以上は退治したでしょうから、おそらく100匹程度はいたのでしょうか。エアコンのない中でのアブ退治です。おかげで少し痩せたかもしれません。

 しかしピンチは続きます。町内会長さんが船で漁に出たということは、誰も来ない可能性が頭をよぎります。

農薬ん話じゃなかんなら帰ってヨカかな?

 まずいな~と思っていますと、昨年も来てくださっていた方が、お二人来てくださいました。

「あらあら掃除もしてくださったの?」私たちは、アブを退治するためにホウキを持っていたのです。「いえいえ、皆さんが座るところだけです。よく来てくださいました。ありがとうございます」「おハガキ頂いたから」私たちは、昨年の参加者に案内状を出していたのです。

 でも、さすがに天気が良すぎたのか集まりが悪いです。どうにか女性の方が4人参加してくれました。

 ところが説明会をはじめて10分位した頃です。一人の女性が、なんかもじもじしています。トイレかな~?と思っていますと、「農薬ん話のあるっち聞いたけん来たっじゃばって、違うとなら帰ってよかかな~?」とのこと。

「お薬の話には興味ないですか?」と尋ねますと、「薬は飲まんけん。農薬ん話しなら聞くばって」と、お帰りになってしまいました。

 なるほど農薬ときたか~と、私達は顔を見合わせてしまいました。残された地区の皆さんも苦笑いです。でも残った3人は、とても熱心に最後まで耳を傾けてくださって、とても楽しく説明会ができました。感謝です。

 そしてこちらでも、カプセルは開けて中身だけ飲んでた。ダメなの?とのことでした。帰り道、私達は「確かにカプセルには、かなりどぎつい色の物もあるね~メーカーも考えればいいのにね。しかし井上先生、2本立てでお薬説明会をやる時、2本とも揃うってことないよね~」と笑いながら、また島の散策に出かけることにしました。

goto9_walkinginisland.jpg島の散策を存分に楽しみます

さて、次はどの島に行きましょうか。

五島曳船詩・福江島 明星院編

小川に架かる赤い橋を渡ると、そこには特別な空間が待っている。

 幼い頃、我が家には一つの年中行事があった。春のお彼岸の頃、明星院まで歩いて行くのである。3kmほどの道のりであるが、幼い私には、とてつもなく長い距離を歩かされたように感じた。ただ、春の暖かな日差しの中、道草をしながら歩くのはとても楽しかったように思い出される。

 3月、久しぶりに一人で明星院を訪れてみた。明星院の手前の小川に架かる明星院橋という赤い橋を渡ると、特別な空間へ誘われる感触を憶える。寺の門をくぐると凛とした空気が張り詰め、弘法大師の像や、たくさんのお地蔵さまが立ち並ぶ。これらは長い歴史の中で、たくさんの祈りを受けてきたのであろう。

goto9_jizo.jpgお地蔵様

 明星院は、五島家の祈願寺でもあり、貴重な仏像や天井絵を拝観できる。誰もおられなかったのでそのまま上がり込み、お寺の中でひとり仏様を眺めていると、ご住職が入って来られた。手を合わせてご挨拶をすると、同じように返してくださり、一通りのご挨拶を済ませたら「ごゆっくり」と一言残して立ち去られた。ご住職の優しさも心地よい。

goto9_myojoin.jpg明星院

 明星院は、弘法大師空海が唐からの帰りに立ち寄り、密教の教えが国や人々の為に役に立つようにと祈願され、翌朝、東の空に輝く明けの明星から名付けたとされる。五島八十八か所巡りの起点でもある。

 もし、何か事を起こしたいと願うなら、一度訪れて手を合わせてみるのも悪くない。小川に架かる赤い橋を渡ると、そこには特別な空間が待っているから。きっと何かを感じさせてくれるはずである。

 

【コラムコンセプト】

読者の皆さんは、薬局もなく薬剤師もいない離島があることを、そして、薬剤師とはどんな役割を担う医療者なのかを知らない人がいることをご存じですか。私は長崎県の五島列島にある福江島で、ゆうとく薬局という小さな薬局を経営している薬剤師です。長崎県薬剤師会離島対策委員会の活動として、東京大学の澤田康文教授との共同研究で、離島住民の医薬品適正使用に関する調査研究を行っています。これからしばらく、私の周辺で巻き起こったドタバタ劇を紹介させていただくことになりました。お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

平山匡彦ひらやまただひこ氏 プロフィール】

大学では、写真部やハンドボール部など複数のクラブを掛け持ちするなど充実した学生生活を送る。卒業後は、石川県金hirayamatadahiko.jpg沢市の徳久和夫先生、綿谷小作先生に師事し、その後、郷里の長崎県五島市へ戻り、平成10(1998)年よりゆうとく薬局を独立開業。仕事の傍ら、友人たちとNPO団体を設立し、タウン情報誌の発行の他、さまざまな島おこし活動を行う。薬剤師会の活動としては、平成29(2017)年現在、一般社団法人長崎県薬剤師会理事及び一般社団法人五島薬剤師会理事を兼任。長崎県薬剤師会の離島対策委員会に所属し、東京大学の澤田康文教授の指導による離島住民の医薬品適正使用の調査をきっかけとして、現在、薬局がなく薬剤師が存在しないような島々を巡りながら、薬の説明会や相談会を継続開催している。

ゆうとく薬局:http://www.yutoku-ph.jp

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