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最終回 さらば小笠原

2018年05月28日 10:30

 長きに渡った私の連載も、ついに最終回を迎えることになりました。

 この原稿を書き始めたのは、撤収前日。家をきれいに片付け、梱包した荷物を全て自分で運送会社や郵便局に持っていくと、あとは撤収するのみです。5年弱暮らした部屋から何もなくなってしまったのを見ると、「こんなに広かったっけ?」と思います。テレビも片付けてしまったため、毎週楽しみに見ていたドラマや深夜アニメも、今期ばかりは最終回が見れず残念です。

目次

  1. 後任の薬剤師への引継ぎ
  2. さらば小笠原

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3月20日、私は撤収当日まで仕事をしていた。おがさわら丸出航は午後3時30分だが、私は午後の、それも2時50分まで仕事(撤収当日にこれは前代未聞らしい)。何もない家に居てもすることがないし、いまさら島内で行きたい所もない。それなら、冷房の効いた診療所薬局で仕事をしていたほうがマシと考えたわけである。大勢に見送られ、定刻におがさわら丸は父島を出航。もうこれで、おそらく私はここへ戻ってくることはない。観光ガイドブックには必ず載っている南島、ついに行けずじまいだった。年に一回、村民が硫黄島に上陸できる機会があるのだが、昨年は中止になったせいで、これもついに参加できずじまいだった。この2つは心残りである。

後任の薬剤師への引継ぎ

 さて、自分の撤収準備と並行して、次の薬剤師さんへの引継ぎも考えておかねばなりません。私のときは前任の方と数日間、一緒に仕事ができましたが、今回は無理とのこと。そうなると要点だけをまとめた「一緒に仕事しながら説明する」マニュアルではダメです。

 「1人薬剤師では自分が退職するとき業務を引き継げない」という不安は、かなり前から感じていました。よって、実は4年も前から「いつ自分が急死してもいいように」と考え、さらに新しい業務ができるたびに項目を追加するなど、業務マニュアルの改訂を進めていました。おかげで少々の手直しと添付資料や各種記録の更新だけでマニュアルは完成しました。

 また、同時に次の薬剤師さんと連絡を取り、院外薬局さんや卸さんへ一度挨拶に行ってもらうようにしました。離島の1人薬剤師にとって、外部とのつながりは死活問題です。関係を今から作っておくことは重要です。

 当初はマニュアルと引継ぎ書類を診療所に置いていくつもりだったのですが、後任の薬剤師さんと連絡を取るうちに、私が撤収した便の次の父島行きの船で父島に赴任することがわかりました。小笠原へ向かう場合、(よっぽど家が竹芝に近いとかでない限り)普通なら前日は都内に泊まります。そこで「無理だろうな」と思いつつも、私が東京に着いた日の夜に都内のどこかで会って引継ぎができないか、交渉してみました。すると、後任の薬剤師さんも引継ぎのことを心配しておられたようで、私が撤収時にマニュアルや引継ぎ書類を持っていき、夜に都内で会って引継ぎ、ということになりました。

 もちろん、短時間の書類と口頭での説明だけでは、十分な引継ぎはできません。それでも、何もしないよりは全然マシです。こうして、完全とはいかないものの、私の最後の心配は解消されることになりそうです。

konishi20_2.jpg

初めて観光で父島へ来た5年前と同じく、出航当日の午前は天気が悪かった。過ぎ去っていく父島の島影を見ても、さすがに「すぐまたここへ来る」気はしなかった。赴任初日、「5年は働きます」なんて言っていたが、本当に5年いたよ私....。有言実行ってことで、事務さんにも驚かれた。霧で島はすぐに見えなくなったが、妙な達成感はいつまでも残った。そうそう、3月の始めごろに読者の薬剤師さんが訪ねてきてくれた。名刺をいただいたので、そのうち一度、その読者さんの薬局へもご挨拶に行こうと思う。

さらば小笠原

 さて、一年半にわたった小笠原の生活や医療事情についての連載は、これで終了となります。

 小笠原へ来るずっと前、勤めていた職場の社内報で非常に不愉快な思いをしたことや、学生時代の同級生に自分が今何をしているか、あまり知られたくなかったことなどで、編集部から声をかけていただいたとき、正直連載を引き受けるかどうか悩みました。けれど今思えば引き受けてよかったと思います。転職サイトなどを見れば、「僻地や離島勤務の良い面、やりがいアピール」みたいなことはいくらでも出てきますが、「過酷な面、負の部分」はほぼ出てこない。こういった「なかなか表に出てこない部分」を伝えることくらいなら、自分にもできるのではないかと思ったわけです。

 また、この連載を通じて、私自身も薬剤師の仕事についての理解が深まりました。好奇心ばかり無駄に旺盛な私は、学生時代から現在まで常に「薬剤師以外の仕事」を模索し、あまり薬剤師として働くということを考えてきませんでした。他の業種や仕事を知ることや体験することはもちろん大事ですが、免許を持っていながら薬剤師の仕事をしないというのも、随分ともったいないことです。小笠原での薬剤師業務は多岐にわたり、普通の薬剤師さんなら体験したくてもできない業務もあると思います。何をいまさら、と思われるでしょうが、薬剤師のやりがいについては、小笠原で働いたことで初めて感じました。

 退職したことで「小笠原村の薬剤師」ではなくなった私は、これで普通の薬剤師に戻りました。これまで覚えた父島の患者さんのことや適正在庫数などは、この先もう一切必要なくなります。ここではうまく仕事を回してきたつもりですが、それがよそへ行って通用するかといえば、恐らくしないでしょう。けれど、それで良いのです。小笠原での1人薬剤師勤務に5年近く翻弄されましたが、次に働く場所では私は新人、たとえ相手のほうが薬剤師経験は浅くとも、職場の人は皆先輩。私とて知らないことはたくさんあります。この先どこへ行っても、こういった謙虚な気持ちは忘れないようにしたいものです。

 この先私はどうするか、正直まだ決めていません。私の経験をもとに、薬剤師を主人公にしたライトノベルでも書く(主役が薬剤師の小説や漫画はほとんどない気がします)、というのは冗談ですが、しばらく(小笠原ではできなかった)旅に出てから、小笠原とは全然環境の違うところで、また薬剤師として働きたいと思います。

 小笠原にいたことで、過酷な環境にもずいぶんと耐性がついたので、また僻地や離島もありかなと思っています。読者さんの薬局に、ある日突然私が現れるかもしれません。世話になることがあるかもしれません。そのときはよろしくお願いいたします。これまで私の連載を読んでいただいた読者の皆さん、そしてこのような機会をくださった編集部の皆さん、どうもありがとうございました。

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東京到着の夜、都内で次の薬剤師さんと引継ぎをして、翌日は卸の担当者さんといっしょに竹芝で次の薬剤師さんをお見送り。お世話になりました、ということで同じ便で父島へ戻る看護師さんに、診療所スタッフへのお土産(島では買えないファーストフードのドーナツ多数)を託し、出航していくおがさわら丸にいつまでも手を振った。これで私の仕事は全て終了。私の連載もこれで終了。ちなみにこの連載を書くようになってから、私のフェイスブックの「友達かも」に表示される知らない人は、薬剤師や薬学生の方が一気に増えた。それだけこの連載が注目されていたということであれば、連載を引き受けてよかったと思うし、連載を読んでくれた薬剤師さんや学生さんには、通常とは違う薬剤師の生き方を示せたのではないかと思っている。良くも悪くも、私の生き方を参考にして、ぜひがんばっていただきたい。

【コラムコンセプト】
僻地や離島の薬剤師業務って、給料は高いだろうけど、周りに何にもない不便な所で大変そうなイメージがある。それに不便な地で「生活」もしていかなければいけないから結構な覚悟が必要そうだ。......けど実際のところはどうなの?そんな興味と疑問を併せ持つ薬剤師のために、日本で最も行きにくい離島で働く薬剤師が送るコラム連載。良い面悪い面全てを含め、離島におけるありのままの薬剤師業務や生活を、面白おかしくお伝えしていけたらと考える。堅苦しい薬の記事の合間にここを読めば、「私は都会でないと無理だ...」と思っている人も、(保証はできないが)案外すんなり僻地でもやっていけるかもしれない。

【小西良典氏 プロフィール】cfe16ed4007e8fd8d26248d6a2afad043c7a3e9f.jpg
大学卒業後薬学部ではなく理学部の大学院に進学。博士課程を中退。その後、ドラッグストアなどで働きながら全国を旅する生活を続けて8年あまりのある日、旅行先の小笠原村が薬剤師を募集していることを知り、勢いで出願。見事採用され、以後、父島の診療所に勤務。旅行経験から、全国どこの街でも道に迷わない自信がある。趣味は工作、パソコン、料理、ロシア語など多数。最近は、毎日録画をしている昼の映画や海外ドラマを片付けるだけで週末が終わっていく。

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