新規登録

縁もゆかりもない地域の薬局で働く理由

ハロー薬局薬局長 町田和敏

2018年06月28日 10:30

みなさん、はじめまして。

今回から当コラムを担当する、町田と申します。どうぞ、よろしくお願いいたします。

当コラムでは、私が岩手県釜石での日々の業務の中で、どんなことを考え、どんな行動を取っているのか、さまざまな事例を通して紹介していきたいと思っています。

また、私は、平成29度に日本プライマリ・ケア連合学会の認定薬剤師の資格を取得しました。プライマリ・ケア認定薬剤師の頭の中を少しでも見せることができればと思っています。

大した実力もない私が今回のコラムのお話をいただき、こんな自分の話など果たして意味があるのだろうか...と自問自答しながら執筆しております。「大したことやってないじゃないか」と感じることもあるかもしれませんが、温かい目で見ていただければと思います。

初回は、生まれも育ちも東京都八王子市の私が、何故、縁もゆかりもない釜石市で働くことになり、二言目には"釜石のために"と言って日々活動するようになったのか、お話したいと思います。

IMG_2220.jpg夕日を背景にした釜石大観音。釜石の海と街を見下ろす高台にあり、観音像の高さは48.5m!
釜石に訪れた際には、ぜひ見ていただきたい場所だ。

なぜ釜石の薬局で働くようになったのか

そもそも何故私が釜石に来たのかというと、大学在学当時に抱いていた夢を叶えるためでした。その夢とは、薬剤師としてお金を貯めてドイツに留学し、サッカー指導者のライセンスを取得するというものでした。いきなりぶっ飛んだ話ですが、しばしお付き合いください。

その夢を達成するためにいろいろな条件を吟味した結果、釜石市の現在の職場にたどり着いたのです。縁も所縁もないどころか、お恥ずかしい話ではありますが、釜石市の存在自体知らなかった私。

そんな釜石市で、私にできたつながり。それは、会社の仲間、地域のサッカー部の仲間、そして、患者さんや、医療・介護の関係者でした。

そして、つながりができて間もなく、あの震災を経験しました...

そう、東日本大震災です...

当時を振り返ると、不思議と不安になることはあまりなかったのです。それは、やはり会社の仲間がいたからだと思います。発災翌日からの避難所回り、食事の確保、昼夜を問わず目の前のことに対して、みんなで立ち向かったこと、今でも昨日のことのように思い出します。

今思えば、この震災の経験は、私に大きな影響を与えたのだと思います。現に、サッカーの指導者になりたいという夢は、今では、釜石地域のために薬剤師として何ができるかを追い求めることに変わっています。仕事を通じた薬局外のつながりや仕事以外でのコミュニティ薬剤師としてのやりがい釜石の魅力、そんなことを考えるようになったのは、この震災後からでした。

1つ目のつながりやコミュニティに関しては、上で述べた通りですし、2つ目のやりがいに関しては、今後のコラムで書いていきたいと思いますので、3つ目の釜石の魅力についてお話させてください。

魅力の1つは、外から来た者を受け入れる文化です。歴史の観点からも、新日鐵があったことがこの街の発展に大きな影響を与えており、全国にある製鉄所からの異動などが当たり前なため、外からやってくる人を受け入れる土壌ができたのだと思います。

また、もう1つの魅力は、医師会、歯科医師会、薬剤師会、いわゆる三師会のつながりができており、私が行ったときには顔の見える関係が既にあったことです。この顔の見える関係も、先人の関係者の方々が脈々とつないできたものだと知り、この歴史の流れを次世代につないでいかなければ、と思うようになりました。

細かくお話すればきりがありませんが、このような流れで今に至ります。次回は、プライマリ・ケアについて簡単に説明していきたいと考えております。

【連載コンセプト】
私たち薬剤師は、その存在意義について、多くの国民から懐疑的な目で見られています。薬剤師の存在価値とは何なのか、そんなことを考えながら、日々実践している活動の数々を紹介していきます。

また、実際に私自身が経験した事例を紹介し、そのときに考えたことも述べていきます。そして、なるべく読者の皆さんと一緒に考える場所にしたいとの思いから、『皆さんならこの場面でどう考えますか?』と投げかけた上で、次の回に私の行動を紹介するという構成で展開するつもりです。

と、ここまでコンセプトを書きながら、とても陳腐な文章になってしまいそうな予感がしますが、「へぇ、こんなことを考えている薬剤師がいるんだ」くらいの軽い気持ちで読んでいただければ幸いです。そして、読者の皆さんに何か少しでも感じていただければと思っています。

【プロフィール】

machidashi.jpg

大学入試4浪、国家試験1浪、と落ちこぼれ街道まっしぐら。昭和薬科大学へ入学し、サッカー部で自称監督として、七面鳥フォークソング部ではVocal&Bassとして、大学生活を謳歌する。卒業後、縁もゆかりもない釜石へ。浪人時代に思い描いた、ドイツに留学し、サッカーの指導者になる夢を叶えるため、保険薬局で働いて留学資金を貯めようと試み、有限会社中田薬局へ就職する。

東日本大震災を経験し、釜石でのさまざまな人々との出会いを経て、「この地域のために薬剤師として、人として、何ができるのか」と考え始めて今に至る。中田薬局・地域包括ケア担当者。ハロー薬局薬局長。ケアカフェかまいし支配人。有志の勉強会・釜石コンテント代表。

コメント

コメントの投稿はDISQUSもしくは各種SNSアカウントでログインするで必要があります。DISQUSの登録方法について

トップに戻る