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医薬分業は医療の当たり前の姿。存続を問うことに意義があるのか。

シリーズ ◆ 医薬分業は限界なのか? 亀井美和子氏インタビュー【1】

2018年09月04日 10:15

 先般、厚労省で行われた部会の配布資料に「患者が医薬分業の利益を実感できていない」という一節がみられ、日本医師会から「医薬分業を進めたことが本当によかったのか」、患者側から「医薬分業は瀬戸際にきているのではないか」といった指摘も上がった。

 医薬分業は定着したのではなかったか。その意義を未だに問い続けなければならないのはなぜか。日本大学薬学部教授の亀井美和子氏にお話をうかがった。同氏は、「医薬分業は当たり前の医療の形。患者を主体にした議論が十分されてこなかったために、分業の意義が患者に理解されにくくなっている」と語った。

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日本大学薬学部 亀井 美和子 氏

ーーまずは、日本で医薬分業が進展するようになった背景を教えて下さい。

亀井 わが国では明治時代に医薬分業が制度化されたものの、進展しはじめたのは今から44年前の昭和49年です。進展する前は、薬を出すことによる利益(薬価差益)が病院や診療所の経営を支えていたため、いわゆる"薬漬け診療"が社会問題になっていました。

 また、院内に置かれた医薬品の範囲で治療が行われるため、在庫品目数が少ない施設では、必ずしも医師が最適な処方をできる環境とはいえませんでした。処方箋が手渡されることもないため、どんな薬が処方されているのか医師が教えてくれない限り、患者が知るすべはありませんでした。当時は、患者が受け取る薬剤のシートの医薬品名が切り取られていることも多く、もちろん、情報提供も十分ではありませんでした。また、薬剤師を置かない医療機関では、薬の専門知識を持つ人がいないため、処方監査が行われているかどうかも明らかではありませんでした。このような中で、薬の過剰投与を防ぎ、医療の安全性を向上させるために医薬分業が政策誘導としてはじまりました

※昭和49年、診療報酬改定で院外処方箋料の引き上げが行われたことが契機となり、処方箋が発行されるようになりました。そのため昭和49年(1974年)を医薬分業元年と呼んでいます。

 昭和50年代には薬歴をつける薬局が出始めました。その薬歴データを利用することなどで、薬局で受け付けた処方箋100枚のうち2-3枚に何らかの疑義があり、医師に問合せが行われていたことが後の調査によって明らかになりました。医薬分業をしていなければ、疑義に気付かずにそのまま患者に投与されていたかもしれません。

 医薬分業とは、医師と薬剤師がそれぞれの専門性を活かすことにより、患者に適した薬物療法を提供する仕組みのこと。医療の当たり前の形です。医薬分業の進展に伴い、薬物療法を取り巻く環境は、患者が自分に処方された薬を知ることがなかった時代から大きく変わりました。「医薬分業を進めてよかったのか」「限界なのか」など、その存続を問うことに本当に意義があるのでしょうか。

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