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ことばをさがして

2018年09月28日 13:00

 言葉と薬の世界では、思いも寄らないことが日々、起きているーー

「この薬で鼻水は止まりますかね?」

 そう言って、そのお母さんはザジテンDSの粉を指差した。

 耳鼻科医院からの処方箋で、11歳になるそのお子さんにはずっと以前からザジテンが処方されていた。

ーーん?

 いまひとつ、私はそのお母さんの質問の意図を図りかねた。

 なので、こう尋ねてみた。

「何か、気になることでもおありですか?」

「だって、薬を飲んでても治らないから来たのに、また同じ薬が出るなんて...」

「ははあ...」

確かに、薬歴によるとザジテンはまだ1週間以上の残薬がある。

「今日、診察の時に先生にそのお話はなさいましたか?」

「いや、今日は子供は塾だから薬だけ下さいってお願いして...」

「ああ、なるほど...」

 医院でどういうやりとりがあったかは分からないが、どうやらお母さんとしては別の薬に変えて欲しかったのにまた同じ薬だったのが不満、ということらしい。

 だが、そこで「受診せずに薬はもらえませんよ」などと言ってしまっても、お母さんとしては納得がいかないだろう。

 いや、そのこと自体は納得してもらわないわけにはいかないのだが、そこを正論で切り捨てても解決はしないだろう。まずは共感を示すことから始めてみた。

「高学年になるといろいろ忙しくて大変ですよね...。ただ、先生としても、実際に診察をして鼻の状態や症状を確認してからでなければ、別のお薬を出すにしても、どんな薬に変えればいいか判断できないのだと思います。お忙しいこととは思いますが、一度、受診してみてはいかがですか?」

 とりあえず、その日はザジテンDSを受け取ってお母さんは帰っていった。

 そして土曜の午後、「診察してもらって、薬が追加になった」と言って、アラミスト点鼻液の処方箋を持ってきたのだった。

 お母さんが帰って行った後、私は薬歴を書こうとして考え込んでしまった。

「この薬で鼻水が止まるかどうか?」

 お母さんはそう聞いたが、本当に聞きたかったことは、違っていた。

 自分の中の不満や不安は、言葉として掴み取れずにいる間は、自分自身の思いであっても把握することはできないのだろう。

 ひょっとすると、言葉で表そうとしているものは、言葉になった時点で既に食い違ってしまっているのかもしれない。

 他の誰でもない、自分の感情だというのに...。

 それとも、自分自身だからこそ、掴み取れないのだろうか?

 だが、そんな患者さんが本当に伝えたいことを、掴み取れる手助けを、薬剤師はできるのではないだろうかーー『コトバ』で。

 患者さんから聞き出す言葉だけでなく、薬剤師として説明する言葉についても考えることが多い。

「これが咳止めで、これが鼻水を止める薬で、これが抗生剤で」

 などとひと通り説明した後で、

「中耳炎の薬はどれですか?」と聞かれたことがある。

 中耳炎の時に出された薬だからといって、それが中耳炎の薬というわけではないのだが、それが患者さんには分からない。痒みを止めます、と言ってアレロックが出れば、まさか耳鼻科で鼻炎薬として同じ薬が出るなんて思いも寄らないのだろう。

 だが、そのせいで「皮膚科でもらってる薬はあるけど耳鼻科は関係ないだろう」と思って併用薬を申告しない患者さんだっている。

 ホクナリンテープのことを「咳止め」だと思っている親御さんは多い。なので、なるべく私は「気管支を広げて呼吸を楽にする薬です」と説明するようにしている。

 それでも、ひょっとすると説明を聞いた人は「咳止めの薬だ」と解釈してしまうかもしれない。

 医師が病状の経過を注視しながら治療を進めていくつもりで「様子を見ましょう」と言っても、患者さんにとっては「何もしてくれない」と感じられてしまうかもしれない。

 言葉は、発する側が意図を込めていても、その口から出て相手の耳に届いた瞬間に、聞き手の認識というフィルターにかかって変容してしまう。たとえ話し手が「そんなことを言ったつもりではなかった」としても。

ーー本当に、言葉というものの前では日々、大変なことが起きている。

 だが、それでも、できる限り不幸な食い違いのない言葉をこちらが探すしかない。「なぜ処方箋がないと薬はもらえないのか?」と患者さんに聞かれた時に、「その薬が処方せん医薬品だから」「法律で決まっているから」と答えるのは、確かに間違いではない。

 しかし、「答えとして正しい」ということと、「相手の理解や納得を得られる答えである」ということは違う。

「今現在のあなたに対して、これまでと同じ薬を出し続けて治療して良いかどうかを医師が判断する必要があるから」と伝えられなければ納得は得られないだろう。

 薬剤師として学んだこと、身につけた知見を活かすには、実務の場で『言葉』に出す必要がある。

「血圧の薬」「糖尿の薬」とひとくちに言っても、作用機序や注意すべきことはそれぞれ違う。それ自体は理解できていても、投薬カウンターという場で短時間で説明できて、なおかつ患者さんにも分かりやすい言葉というのは、なかなか見つかるものではない。

 その『言葉』が出てこないから、薬剤師の業務がうまくいかないのではないか。

 私たちがつまづいているのは、『言葉』ではないか。

こう言えば、相手に伝わる。

こう言い表せば、理解ができ、納得できる。

患者さんの正しい認識につながる言葉を、私たちは持っているか?

患者さんに対してだけではない。

同僚や部下にどうして欲しいか、どう動けばいいかが伝わる言葉。

医師に疑義照会するときに、この処方箋のどこがどう疑わしいのか、何を明らかにすれば、その疑問は解消するのかを伝える言葉。

薬剤師としての、『使える』コトバ。

そんなコトバたちを自分の引き出しの中にいつも持っていれば。

それらをさっと取り出して使うことができれば。

新たな切り口や、物の見方を与えるコトバを手に入れれば、自分や相手の考え方や感じ方も変わる。行動や認識も変わる。

それは、世界が変わることに等しい。

薬剤師として生きる世界がーー

 そんなコトバを、いつも私は探している。

 探して、伝えたい。共有したい。

 そんな場があれば、と願っている。

 患者さんと、今ともに働いている薬剤師に。

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【コラムコンセプト】
仕事に家事に育児と、目まぐるしい日々を送る母親薬剤師。新薬や疾病の勉強もしなきゃいけないが、家のことだっておろそかにできない。追い立てられるように慌ただしい毎日だ。そんな中で、ふと立ち止まり、考える。「働く母親って、どうしてこんなにいろんなものを抱え込んでしまっているんだろう?」「薬剤師の業務って、どうしてこんなふうなんだろう?」忙しさに紛れて気付けずにいる感情に気付いたら、働く母親に見える景色はきっといくらか変わるだろう。日常の業務に埋もれたままの何かを言葉にできたなら、薬剤師を取り巻く世界も少しずつ変えていけるだろうか。


【へたれ薬剤師Kiko プロフィール】Hetare_kiko_columm.png

卒後9年間病院勤務ののち、結婚を機に夫の地元で調剤薬局に転職。産休育休を経て、現在は中規模チェーン薬局にフルタイムで勤務。アラフォー。9歳の息子、夫(not薬剤師)と3人暮らし。食事は手抜き。洗濯は週3回。掃除はルンバにおまかせ。どういうわけだか「コトバ」に異様にこだわる。座右の銘は「モノも言いようで門松が立つ」。(Twitter:@hetareyakiko)

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