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ことばを超えて。

2018年10月29日 13:00

 今日もまた、薬とコトバの世界では大変なことが起きているーー

 休日の朝。

 洗濯は終わったけど買い物に行くにはまだ早い。つかの間のくつろぎタイムだ。コーヒーカップを片手にのんびり新聞を読んでいると、紙面の下の方に載っている週刊誌の広告に目が止まった。

『あなたも飲んでいる?! 医者に勧められても飲んではいけない薬』

患者さんたちに影響を及ぼす雑誌やテレビからの言葉

ーーうわあ...またこんな記事が....。

 近頃は新聞をとらない家庭も増えているそうだが、こんな形で入ってくる情報もあるから、侮れない。雑誌の名前を覚えておき、買い物ついでに立ち寄った本屋で探してみる。

ーーあったあった。

 立ち読みでざっくりと記事を確認する。...雑誌の売り上げに貢献してしまうのもシャクだし。

 アジルバやトラゼンタ、ロキソニンなど、毎日のように調剤している薬が、「起きるかもしれない」副作用と並べて一覧表に載っている。

 記事本文も、わざわざ薬剤名だけを太いゴシック体で強調して、いやでも目に飛び込んでくるような誌面になっている。

 薬剤師の視点で冷静に見れば「確かに副作用には十分注意すべきだけど、それらのリスクと治療効果とを考え合わせて使うものだし」と捉えることもできる。

 けれど、一般の患者さんにしてみれば、たまたま目にした広告や雑誌で、自分が毎日飲んでいる薬がこんなに危険だとされているのを見たら、怖くなってしまっても仕方ないだろう。

 記事を読んで不安になり、「もう飲みたくない」と医師に訴える患者さんもいるらしい。

 いや、診察時に言うならまだマシかもしれない。なにも言わずに自己判断で服用を中止してしまう患者さんもいるだろう。

 雑誌だけではない。テレビでも「◯◯の食材で××検査の数値が劇的に下がった!」と健康番組で報道されると、翌日には「◯◯で治るって言ってたし、薬は飲みたくない」と話す患者さんが出てくる。テレビが紹介する『体にいい食材』が、自分の体の不調も立ちどころに直してくれる『夢の妙薬』に思えてしまう。

 何年も自分の身体を診てきてもらった医師よりも、どこの誰かも知らない、会ったこともない雑誌記者の言葉に影響されてしまう。

ーーそんな力が、言葉にはある。

不確かな情報へ導くものは「そうあってほしい」と「善意」

 人は無意識のうちに、自分の信じたいように言葉を受け取ってしまいがちになるものだ。

 どこかに、副作用もなくて必ず治る、完全無欠な治療法があってほしい。

 自分のこの苦痛を綺麗に取り除いてくれる方法が、きっとある。

 そう信じたい、そう言ってほしい。

 医師だって、「必ず治る」と言えるものなら言いたいだろう。

 だが、言えない。たとえ「そうあってほしい」と思う気持ちがどれほどあふれていても。

...だって、この世に魔法はないのだから...。

 特に、がん治療においては事態は深刻だ。

「抗がん剤は命を縮めるだけ。あの先生なら必ず治してくれるから」と知人に勧められて、高額で効果の曖昧な治療を受けるために標準治療を拒否し、かえって手遅れになってしまう事例もあるという。

 そんな話を見聞きすると、なんとも言いようのない、暗澹たる気持ちになる。

 藁をもつかむ思いでいる相手に「何か助けになるものを」と思って差し出したものが、藁よりよっぽど当てにならない代物だった、ということが残念ながら起きてしまっている。

「情報の発信源が善意であるかどうか」というのは、医療情報の正確性や妥当性とは関係がない。だが、患者さんには、それがわからないのだ。

 つらい副作用があるとか、必ず治るとは言い切れないとか、そんな言葉よりも、「副作用の強い治療はしなくていい」と言われる方が、患者さんにとっては自分の不安に寄り添ってくれるように感じられるのだろう。

 周囲の人も、悪気があって不確かな治療を勧めたつもりはなかっただろう。むしろ、まったく逆で、「その人のために何かしてあげたい」「何か役立つこと、安心できることを言ってあげたい」そんな思いから出てくる言葉だ。

 聞かされる方も、「私のためを思ってくれているんだ」とわかっているからこそ、あっさりと、医療従事者の言葉よりも信用してしまう。

 しかし、だからと言って、妥当性の低い情報で患者さんを惑わせ、治療を妨げることがあってはならない。

 だったら、どうすればいい?

『こちら側』の人になるためには

ーー私たち薬剤師に、何ができるだろう?

 有名な雑誌の記事や、テレビでおなじみの名司会者が番組で語りかける言葉よりも、そこらへんで働いている薬剤師の言葉の方が説得力があると思ってもらうのは容易ではない。

 親しい知人や親戚が勧めてくれる言葉は驚くほどあっけなく、医療者の提示する治療を退けてしまう。

 ひょっとすると、人は「この人たちは自分とは考えが違う」と感じた相手を、『向こう側の人』とみなしてしまうのかもしれない。

 病気や薬の話は難しくてよくわからないし、不安になる。なのに、それを押し付けてきて、理解しろという、『向こう側』の人。

「そういう話は聞かなくていいよ。だって難しいし、怖いでしょ? だから、しなくていいよ」そう言ってくれる人こそが自分の味方で、不安に『寄り添って』、救ってくれる『こちら側』の人。

「この人は『向こう側』だ」」と線引きされてしまったら、もう言葉は届かない。自分と同じ『こちら側』だと思う人の発する、耳には優しく響くけれども根拠のない理屈だけに染まってしまう。

 そうならないために、どうすればいいのか。

 それは完全に防ぐことなどできないのかもしれない。

 けれどーー

「今ここにいるあなた」に、確かに語りかける『コトバ』

 副作用は怖い。病気の治療はつらい。

 でも、きっと良くなると信じたい。良くなると言ってほしい。

 そんな思いを共有してくれる。理解してくれる。

「自分を理解してくれない、『向こう側』の人」ではない。

 我々の言葉を患者さんに届けるためには、私たち薬剤師が患者さんと価値観を共有しながら業務に当たっていると感じてもらう必要がある。

 単に「どこかの誰かが言っているだけ」の理屈ではない。

 TVの健康番組や、ネット記事が訴えかける文面に負けないくらいに語りかけるーー身近な家族や友人と同じくらい『こちら側の人』だとーー思ってもらえなければならない。

 そのための、『コトバ』。

 安全で有効な医療を通して、患者さんがその人らしい暮らしをするために業務に当たっていること。いつも目の前でそれを実践している薬剤師のコトバ。

 それが、患者さんの中に残るはずだ。

 そのために薬剤師はいるのだと、伝わるように。

 患者さんが自分でも気づけずにいる不安や疑問を掴み取り、他者に理解してもらえるよう伝えるための言葉を共に探す、真摯さ。

 そしてもちろん、正確な最新の情報を身につけること。

 もっともらしい、けれどもあまり大きな期待はできそうもない不確かな情報に負けないために。それらを超える『つながり』を、患者さんとの間に築くこと。

 他の誰でもない、「今ここにいるあなた」に、確かに語りかける『コトバ』が、私たち薬剤師には必要なのだ。

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【コラムコンセプト】
仕事に家事に育児と、目まぐるしい日々を送る母親薬剤師。新薬や疾病の勉強もしなきゃいけないが、家のことだっておろそかにできない。追い立てられるように慌ただしい毎日だ。そんな中で、ふと立ち止まり、考える。「働く母親って、どうしてこんなにいろんなものを抱え込んでしまっているんだろう?」「薬剤師の業務って、どうしてこんなふうなんだろう?」忙しさに紛れて気付けずにいる感情に気付いたら、働く母親に見える景色はきっといくらか変わるだろう。日常の業務に埋もれたままの何かを言葉にできたなら、薬剤師を取り巻く世界も少しずつ変えていけるだろうか。


【へたれ薬剤師Kiko プロフィール】Hetare_kiko_columm.png

卒後9年間病院勤務ののち、結婚を機に夫の地元で調剤薬局に転職。産休育休を経て、現在は中規模チェーン薬局にフルタイムで勤務。アラフォー。9歳の息子、夫(not薬剤師)と3人暮らし。食事は手抜き。洗濯は週3回。掃除はルンバにおまかせ。どういうわけだか「コトバ」に異様にこだわる。座右の銘は「モノも言いようで門松が立つ」。(Twitter:@hetareyakiko)

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