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進路は想定通りにいかない。動きながら改善を

私のターニングポイント vol.4 ニュクス薬局 中沢宏昭さん

2018年10月31日 14:50

 新宿・歌舞伎町に、夜8時から翌朝9時まで営業する小さな薬局「ニュクス薬局」があります。切り盛りするのは、薬剤師の中沢宏昭さん1人だけ。ただ話をしに来る人、ふらりと胃薬を買いに来る人、処方箋を持って近況報告に来る常連の人。いろいろな患者さんに付かず離れず、そっと寄り添う中沢さんに、仕事や患者さんへの向き合い方を伺いました。

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ニュクス薬局 中沢宏昭さん

【中沢宏昭さんプロフィール】

新潟薬科大学卒業後、群馬県太田市にある小児科・内科クリニックの門前薬局と、杉並区阿佐谷にある総合病院付近の調剤薬局で調剤業務を経験。2014年、新宿・歌舞伎町にニュクス薬局を開局。1人で処方箋の応需やOTCの対応、事務を行う。父親の転勤や自身の就学・就職に伴い、神奈川、東京、栃木、新潟、埼玉、群馬に在住歴がある。

中沢さんの働き方のポイント

  • 人と違ったことがしたくて、夜間営業の薬局を開局
  • 患者さんの表情の変化を見逃さないことが、"寄り添う接客"につながっている
  • 1人だと自分のペースでできるから、実は楽
  • 将来を想像するのは難しい。動きながら改善する

原点は人と違ったことがしたいという思い

薬剤師1人だけ、しかも深夜オープンの薬局というのは珍しいですよね。ニュクス薬局を開局されるまでの経緯を教えてください。

中沢:大学卒業後、チェーンの調剤薬局に就職しました。就職試験でドラッグストアも受けていたのですが、当時は薬剤師の専門性を生かせるドラッグストアはほとんどなく、結局調剤に行きましたね。勤務店は群馬県太田市でしたが、ヘルプでいろいろな支店を回りました。

 そのとき、夜間に銀座で働く人のための薬局をつくらないかという提案が会社で出て、検討したのですが実現しなかったんです。もともと私は、学生のころから独立したいと思っていましたが、人と同じことをやっていたら、独立しても企業に勤めても変わらない。人と違うことがしたかったんです。それで深夜の薬局というものに興味を持って、自分1人でもやっちゃえばいいんじゃないかと思って。

 私の中では夜の街というと新宿のイメージがあったので、新宿で開局しようと決めました。新宿付近に住みながら、多くの症例に関われる阿佐谷の総合病院近くにある薬局に転職し、お金をためて開局に至りました。

―すごい情熱ですね。薬剤師はもともとなりたかった職業ですか?

中沢:司馬遼太郎さんの『胡蝶の夢』や手塚治虫さんの『ブラック・ジャック』を読んで、医療系全般の仕事は考えていましたが、実はあまり薬学部を受けようとは思っていませんでした。でもちょうど、麻薬性のある咳止めシロップの過剰服用が問題になっていたときで、薬剤師という職業に目が向いたんです。私は浪人していて、新潟薬科大学が早いタイミングでⅡ期試験の募集をしていました。それで受けたら受かってしまって、薬学部に入りました。

―他に憧れていた職業はありますか?

中沢:医療系以外では映画が好きだったので、米国で映画を学びたいという時期がありました。でも薬学部に受かり、父がせっかくだからそっちに行っておけと。「卒業して資格を取って、それでも米国に行きたかったら、自分のお金で行きなさい」と言われました。両親は放任主義でしたが、大事なところでアドバイスはくれましたね。結果的には、薬剤師として働いてよかったと思っています。

表情の変化を見逃さない

―調剤薬局勤務時代、特に心がけていることなどはありましたか?

中沢:総合病院近くの薬局に勤めていたとき、認知症の親御さんを介護している方がいました。親御さんには同じ薬がずっと出ていて、やっぱりどこか対応が流れ作業になってしまっていたんです。でも、あるとき、ふとこちらから言葉をかけたら、目線が流れたんですよ。「あ、ちょっと何かあるな」と思って、「つらくなかったですか」って聞いたんです。そしたら「実は一時期大変で、親に怒鳴り散らされたりしました」って、ポロポロ泣きだしちゃって。

 人の表情を見るって大切だなと、マインドリーディングを勉強したり、心理学の本を読んだりしました。勉強しだしたのが先か、その出来事が先か忘れちゃったんですけど、どちらにしろそういうのは必要だなと思って。

―ニュクス薬局では、患者さんの方から心を開いて、中沢さんに話しかけている印象を受けます。昔から、悩んでいる人がいると気付くタイプでしたか?

中沢:いや、全然。ずっと野球をやっていて、単なる野球ばかでした(笑)。

 高校のとき、甲子園に行くような野球部にいたんです。そこで、理不尽なことにも免疫が付いたというか。いいのか悪いのか分からないですけど、社会に出たらいくらでも理不尽なことはありますからね(笑)。免疫が付いたことで逆に、理不尽が苦になってうつになったり自殺を考えるぐらいなら辞めればいいじゃない? みたいに、客観的に考えられたのもよかったと思います。

―開局するに当たって、他に生きた経験はありますか?

中沢:開局直前まで勤めていたところが人手不足で、薬剤師1人で数時間店を回すことがあったんですよ。レセプトの入力やチェックといった、事務の人にお願いするようなこともやっていたので、1人で切り盛りできるようになりました。それと私は独立することを前提に雇ってもらっていたので、それもありがたかったですね。

ピークタイムが落ち着くのは午前3時半以降

―毎日お忙しいと思いますが、1日のタイムテーブルを教えてください。

中沢:来局者数は日によって違うんですけど、昨日(金曜)はひどかったですね(笑)。しかも連休前なので。混む時間帯も日によりますが、大体夜9時ぐらいから人が来だして、また終電間際にわっと来て。そこから3時ぐらいまで人の波があります。

 3時半ぐらいになると大体落ち着くので、つくってきた日の丸弁当を食べています。たまに外に出るときは、連絡先を書いた貼り紙を貼っておきます。

 独立前、有給休暇を一切使ったことがなかったんですよ。働きながら会社を立ち上げて開局準備をしていたので、生活は結構めちゃくちゃでした。開局の準備ができていなくて、大みそかに店の中で準備しながら年を越しました(笑)。

―準備するのもお1人ですものね。体調管理や仕事の進め方など、工夫していることはありますか?

中沢:最初はいきなり昼夜逆転になったので、体がしんどかったですけど、だんだん慣れてきて特別なことはしていません。仕事に関しては前も1人の時間帯があったので、なんとなくですかね(笑)。混雑していると、時間がありそうな人の対応を後にさせてもらうことはたまにありますが、ニュクス薬局は若い人の来局が多いんです。若い人は静かに待っていてくれる人が多いですね。

 それと、店を立ち上げて1年ぐらいで、裁判員になったことがあるんです。朝9時に店を閉めて夕方まで裁判所に行っていました。そのときも休業しなかったですね。家に帰って寝ると起きられないので、シャワーだけ浴びて店の床にダンボールを敷いて仮眠していました(笑)。1人に慣れてしまうと自分のペースでなんでもできるので、その方が楽なんです。

IMG_9292.JPGインタビュー中も、接客や宅配便の受け取り、電話対応などをこなす。とても忙しいのに、中沢さんの雰囲気は落ち着いている

繁華街という場所柄、苦労するのは酔っぱらい

―営業中、処方箋を出す病院は大体閉まっていますよね。疑義照会などはどうしていますか?

中沢:本当に確認が必要だったのは、今まで2回ぐらいです。そのときは患者さんに「本当に申し訳ないけれど、翌日医師に確認します」と伝えました。あとは大抵、ムコダイン250mgが6錠分3か500mgが3錠分3かというような、正直どちらでもいいものです。一応「これで出しました」と事後報告しています(本当は駄目なんです)が、それであれこれ言われることはありません。

―ニュクス薬局の環境が中沢さんには合っていたんですね。逆に、仕事で大変なことはありますか?

中沢:えー、なんだろう? 好きなことをやっているので、大変とは思わないですね。患者さんと接するのも楽しいし。医療の仕事って、珍しいと思うんですよ。人に感謝されてお給料という対価がもらえる。そういう仕事はあまりないから、医療に携われることは幸せなことだと思います。

 でも開局当初は、酔っぱらいの対応には悩みました。一番ひどかったのは、便器のふたをしたまま店のトイレを使ってしまった女性がいて。彼女が友達に電話したら、その友達が「そんなに飲ませたのは誰だ」と怒って、なぜか飲ませたホストが呼び出されてトイレを掃除していました。いろいろあり過ぎたので、今はトイレは貸していません(笑)。

 あと、酔っぱらって薬局に来て物を投げてくる女性がいました。男性だったら腕をつかんで追い返せるんですけど。店に防犯カメラが付いているので大丈夫だとは思いますが、女性だと「触られた」とか言われると面倒なので、警察を呼びました。

いろいろな人がいるのが当たり前

―なかなか経験できないようなことが起こりますね。

中沢:うちに処方箋を持って2回ぐらい来たことのある女性がいたんです。仕事終わりに来て、おしゃべりして帰っていくという人だったのですが、しばらく見ない時期が続きました。そうしたら刑務所から彼女の手紙が届いたんです。10回ぐらいやりとりしたところ、どうもだまされて捕まってしまったようでした。国選弁護人についてもらって戦っていたのですが、彼女が「もう疲れたから」と刑務所に残る道を選んでしまい、心配しています。

 別の方の話ですが、あるとき警察から電話が来たんです。お薬手帳に薬局の記録があって、どういう薬が出ていたか聞きたいって。それが抗うつ薬だったので嫌な予感がして、「自殺ですか」と聞いたらそうだと。1週間ぐらい落ち込みました。その方は3回しか来局していなくて、一見心配なさそうでした。そういうときの方が危ないと分かっていたのに、「日中なかなか病院に行けない」という話をしていたので、もうちょっと気付けることがあったんじゃないかなと引きずりましたね。

―中沢さん自身は、どうやって自分の心を保っているのですか?

中沢:こつらしいこつはないですが、ここに来て白衣を着たら、スイッチが入って頭が仕事モードになるんです。逆に白衣を脱いでオフモードになったら、そこから仕事のことはあまり考え込まないですね。

―お話を伺うと、中沢さんは何事にも執着せず、そのまま受け入れている印象を受けます。何かきっかけがあったのでしょうか?

中沢:歌舞伎町がそういう街だからではないでしょうか。人間って、どうしても自分と違うもの、知らないものに嫌悪感を持つじゃないですか。それが歌舞伎町にいると、どうでもよくなってしまう。

 私は歌舞伎町でごみ拾いのボランティアをやっているのですが、LGBTの支援活動をしている人など、さまざまな人と出会いました。そういうことが当たり前なんですよね。自分と違うものをあまり避ける傾向がなくて、居心地のいい街です。

 あとは、私は体育会系だったので、「こうだ」と言われたら、とりあえず「はい!」と答えておけばいいみたいなところはあります(笑)。

将来を想像するのは難しい。動きながら改善すればいい

―今後の目標はありますか?

中沢:なんでしょうね? 先を考えるより、目の前のことを粛々とやっている感じですね。時代の流れがあまりにも速過ぎて、想像したところで当たらない方が多いですから。

 ただ、薬局の未来像はなんとなく見えています。社会保険だけに依存していると、もうこの国は賄えない。いきなりベーシックインカム制度が取られるとも思えません。だから、極端な政策を取るとしたら、医療保険は使えないとか、まず薬局に行ってくださいとなると思うんです。経済性と安全性で折り合いを付けるとしたら、スイッチOTCが進むのではないでしょうか。それと、国の政策として在宅業務を行う薬局が増えていますが、レッドオーシャンだという気がします。

―先が予測しにくい世の中ですが、進路や仕事に悩む薬剤師にメッセージをお願いします。

中沢:薬学部を出た段階で、選択できる進路の幅は人より広いと思うんです。現場でなくても、治験の薬物検査などもあるし、薬剤師にこだわらなければそれこそなんでもできる。薬剤師以外の道に進んでも、駄目なわけではありません。合わないと思ったら、いろいろ試したらいいのではないでしょうか。やりたいことをやって、また薬剤師に戻ることだって、いくらでもできます。

 誰しも想定通りにはいかないし、私も最初は苦しかったり考え込んでしまうことがありました。でも、考えてもどうしようもないんですよね。動きながら改善していくしかない。落ち込んでいるより、まず行動しないと、何も解決しませんから。

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