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子宮頸がん終末期の母を自宅に連れ帰った5日間

在宅薬剤師が家族の立場になって考えたこと

2018年12月17日 14:30

子宮頸がん終末期の母を自宅に連れ帰った5日間

つぼみ薬局居宅介護支援事業所(広島市安佐南区) 
角山 美穂

在宅患者さんのお役に立ちたくて、在宅専門薬局を立ち上げたのが2009年11月。1人薬剤師 兼 ケアマネとして、24時間体制で頑張っています!

【PharmaTribune2013年7月号掲載】

子宮頸がんの終末期の母と独居で無くなった父

 母が子宮頸がんの告知を受けたのが3年前。それから、手術・抗がん剤治療・放射線治療...いろいろ頑張ってきましたが、残念ながら今終末期を迎えています。4月24日には尿路からの感染症から敗血症になり入院しました。

 母の入院により、父は独居です。両親は、何とかふたりで一人前のような頼りなさ。私は仕事を優先する罪悪感と闘いながらも、仕事の合間に様子を見に行ったり、頼まれた買い物をしていたのですが...…。

 4月30日,父が自宅で亡くなっているのを発見。心筋梗塞による急逝でした。入院中の母にどうやって伝えるか悩み、喪主を務め、通常通りに仕事もこなしながら、5月末の法事の準備をして……。父の死以来、まるでドラマでも見ているような感覚で日々を過ごしました。

家に連れて帰るも5日で再入院

 5月半ばに、終末期の母を家に連れ帰ることに決め、夫・次男・愛犬のチロ・私は、実家へ短期間の引っ越しをしました。母の主治医から、「これが家に帰れるラストチャンスです」と言われたからです。

 ひとりっ子なので「お願いね」と頼める兄弟はいません。「在宅は難しいかな」と迷ったこともありましたが、実家の近くに親戚や友人が多いので、「できるだけ賑やかに1日1日を過ごさせてあげたい!」と、また、「父の葬儀に参列できなかった母に、父の四十九日忌のお経に会わせてあげよう!」と思っての決断でした。

 退院後、私が留守にする月〜土の7時半〜 20時は代わりに家政婦さんに母の傍にいてもらい、その間に往診医・訪問看護師・ヘルパーさんにも来ていただく体制にしました。

 準備は整えたつもりでいましたが、実際には、医療用麻薬増量の度に怪しくなっていた見当識が、環境の変化のせいか、更にエスカレートしてしまいました。母は、退院日から3晩一睡もせず、私もベッドから起き出そうとするのをなだめたり、Pトイレ(ポータブルトイレ)に移乗させたりするために眠ることができず、ボロボロになっていました。4晩目の1時にようやく眠ってくれて、私もつかの間の爆睡。

 ところが、朝4時半にセットしていたアラームで目覚め、横に寝ている母を見てビックリ!!!顔が汗でグッショリと濡れています。ベッド下の畳には、大きなシミができる程の大量の発汗です。検温すると39.2℃でした。すぐに訪問看護師に電話して駆けつけてもらいました。再度の敗血症発症でした。

 あっという間に再入院となってしまい、「母を父の四十九日忌に出席させてあげたい」との希望は叶いませんでした。

 法事で帰省した長男・長女からは、いろいろと心配して叱ってもらいました。感謝です。悪い夢から覚めた気分でした。

「がんで抵抗力が落ちているから退院からたった5日で再入院になったんでしょう。この先もう家で看るのは無理よ」
「お母ちゃんは、お爺ちゃんの突然の死に遭って、死に過敏になり過ぎていると思う」
「お父ちゃんと弟が置き去りで、かわいそう」
「お母ちゃんが倒れたら、家族やつぼみ薬局はどうなるん?薬を間違えたらどうするん?」

 短い期間だったけど、母を家に連れて帰れたこと,仏壇にお参りさせてあげられことを喜ぼう。24年ぶりに母と4晩を一緒に過ごせたこと、「今朝はパン?ご飯?」「パンよ」「嬉しい」と私の作る朝食を3日食べさせてあげることができたことを幸せに思おう、今はそう思っています。

”街角相談薬局”の延長線上に”在宅”の役割がある

 母の退院、そして自宅での短い在宅療養の間に感じたことは、これからの私の在宅専門薬局業務に大きな影響を与えると思います。

「私たちがついています、大丈夫ですよ」この一言で、家族はどれほど心強く思えるか...…。家族の立場になってみて、家族の負担は想像をはるかに超えていること、メンタル面を含めてそのフォローがとても大事なことを実感しました。

 また、本人は体調が悪いので、在宅での療養に家族以上に不安を持っていることもあります。「家が一番よい」というのは、心身共に健康な人が思うことなのかもしれないといった考え方もするようになりました。果たして母は、父のいない家に帰りたかったのか。判断能力の低下した母の真意は、担当看護師もわかりかねたようで「娘さんの思うようにされたらそれが答えだと思いますよ」との言葉に後押しされての決断でしたが...…。

 ”自宅で最期まで自分らしく" 過ごすためのお手伝いがしたくてつぼみ薬局を始めましたが、こんなに早く、両親のために動くことになるとは想像さえせずにいました。

 あっという間に逝ってしまった父と、全人的な痛みと闘いながら日々を送る母。対照的なふたりの生き様に、たくさんのことを学ばせてもらっています。私自身も子供たちも。いつも傍で見守ってくれる夫は、「人の死に方は、その人の生き方そのものに見える」とこぼしていました。

 退院時の家族の立場も初めて経験しました。連携の難しさやもどかしさに悲しい想いをしたり、不安を覚えたり。知らない方々による介護体制の中、慣れ親しんだ顔を見るだけで表情がパッと明るくなった母を見て、「患者さんの最期に頼りにされる存在になるには、それまでに"見慣れた顔"になっていないといけない」とも気付かされました。在宅介護の片手間にしていた”街角相談薬局”の延長線上に”在宅”はあるのかな...、と感じています。

 私の48年間の人生の中で最もハードな1ヵ月でしたが、疲労感よりも満足感が強いのが救いです。

<著者紹介>
2002年,当時勤務していた薬局でケアマネの資格を習得。患者様のお宅を訪問するうちに,薬が家でどのように保管され,使用されているのかを知り,在宅での薬剤師の必要性を感じると同時に,24時間対応の在宅専門薬局をしたいと言う夢を持つ。2009年11月,保険薬局兼居宅介護支援事業所として,つぼみ薬局を開局。
保健所への薬局の開局時間の届出は8時〜12時,12時以降は調剤した薬の配達・管理・指導やケアマネとして居宅を順に訪問。
近隣に特定の処方元の病医院はなく,2013年3月現在,6つの医療機関の医師より訪問指示書を受けている。
これまでに薬剤師として居宅療養管理指導の請求を行った患者数は約30名,ケアマネとして居宅介護支援を行った患者数は約40名,訪問依頼書をいだいた医師は9名。患者の内訳は,ALS,がん,認知症,COPD,老衰等。1人あたりの平均サービス提供期間は9.2か月,最短は4日というケースもある(終了理由は入所・入院・死亡)(2013年当時)。

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