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山火事に襲われた村で、薬剤師の役割に気付く

―住民の健康を守る、それは町を守ること

2018年12月18日 10:00

カナダで働く薬剤師 青山慎平

葉っぱのアイコン (1).png身寄りのない田舎に来たばかり、そこで広がっていく火事

 私は今、カナダ西部、ブリティッシュコロンビア州のフレイザーレイク村にある小さな薬局で、薬局長のジョージと一緒に仕事をしています。

map_canada_tr_72.png

 

 

 今年の7月後半からブリティッシュコロンビア州では山火事が多発し、8月6日には非常事態宣言が出される事態となりました。多くの消防士がカナダ全土、さらにはアメリカやメキシコからも訪れ、夜通し消火活動に当たってくれました。

 そのような緊急事態のさなか、私も薬局の同僚も現場に残って営業を続けました。今回は、薬剤師はコミュニティで重要な役割を果たしているという思いを強くしたこの経験を、紹介したいと思います。

山火事01.pngフレーザーレイク近辺の町で起きた火事。
風向きによって煙や灰の程度が異なってくるので、毎朝起きたときに一喜一憂しました。

 薬局長のジョージに声をかけてもらい(関連記事)、バンクーバーからフレーザーレイクに来た当初、私は強い孤独感に苛まれていました。知っている人は誰もいない。日本人どころか、アジア人がいません。そして、見慣れたスターバックスやマクドナルド、カナダの国民的チェーン店ティムホートンズ(写真)もなく、ここにあるのは、個人経営の小さなお店だけです。同じカナダでも、これまでと全く異なった環境に、ただただ寂しさを感じたことを覚えています。

ドーナツ屋01.pngカナダの国民的なドーナツチェーン、ティムホートンズ。
数多くのドーナツやサンドイッチやドリンクメニューが揃っている。カナダの至るところにある。

 自分の居場所が定まらないような気持ちを抱え、環境や人間関係へのなじみ方を模索していた……そんな折、このフレーザーレイク周辺部で山火事が起き、みるみるうちに激しく広がっていきました。火事は約13,000 km2に燃え広がり、9月12日の時点で3200人が避難し、21,800人がアラートの地域にいるとの報道がありました。今年の山火事は、史上最も悪いものだったともいわれています。

 私たちの薬局があるのは町の中心部で、湖に近く、火事の影響は最小限で済みました。しかし、空からは灰が舞い、大気は真っ白な煙で覆われ、マスクなしで外へ出歩けないほど。レストランや薬局の中にも、煙のにおいが充満していました。

 フレーザーレイクの住民の多くに、安全な都市部への避難警報が出されました。避難していく住民たちの話を聞くたびに、身よりのない危険な町に取り残されてしまったような、不安な気持ちが強くなっていきました。

 私が疎外感を募らせる間も、火事の規模は大きくなっていきます。このような大火事の経験も、こうした状況で働いたこともありません。何をしたら良いか、何ができるのかといった発想は浮かんでくるはずもなく、私は「自分も早く安全な都市部に帰りたい。住んでいる場所や薬局が避難区域になったら、すぐにバンクーバーに戻ろう」と考えていました。当初はとにかく、自分の安全を第一に優先したいと思っていました。

 ジョージに相談すると、

「火事は大丈夫だろう。私はどこにも行かずに薬局と町を守るよ!」

と言い、私の心配なんて気にもかけていませんでした。他の薬局の従業員も、誰も避難をしませんでした。

山火事地図.pngフレーザーレイク周辺の火事の状況。一番下の湖がフレーザーレイク。
赤色が避難命令、オレンジ色が避難勧告の出された地域。
薬局は池の南側に位置していたため比較的安全だった。
※FSRはForest Service Roadの略。

葉っぱのアイコン (1).png緊急事態で増えた薬剤師業務は

 火事は、薬剤師業務に非常に大きな影響を与えました。

 まず、それまでに経験したことがないほど多くのエマージェンシーサプライ※1を実施しました(関連記事)。咳、痰のからみを主訴とする呼吸器症状※3、喉の痛み、目の痛みなど、体調不良を訴える患者が増加し、それに伴って処方箋枚数そのものも増え、長期処方リフィルの早期処方も増加しました。別の薬局で薬を受け取るための、リフィル処方箋の移送業務(処方箋トランスファー※2も多数行いました。都市部の薬局へのトランスファーアウト、より危険な地域の薬局からのトランスファーインと、どちらもありました。

 患者さんは、薬局にさまざまな相談を持ってきました。

「明日から避難のためにプリンスジョージに行くので、薬を余分にもらえないか?」

「同僚の消防士がハチに刺されたのだけど、エピペンを出してもらうことはできないか?」

 これらはほんの一部ですが、それぞれのケースに対して患者の現状を把握し、薬が必要である理由、薬を渡した場合と渡さなかった場合のメリット、デメリットを考慮して、薬剤師としてプロフェッショナルなジャッジメントを心掛けました。

 ADHDの治療のために、Adderall (Amphetamine アンフェタミン)を服用していた20歳の女性がいました。「消火活動のボランティアで病院に行けなかったから、薬が欲しいけれどもらえる?」と言います。

 アンフェタミンはStimulant(興奮剤)とも言われ、常習性があるため、簡単にエマージェンシーサプライをするべきではない薬です(日本ではリタリンが有名ですね)。しかし、緊急事態であることや、服薬しなかった場合におけるADHDの関連症状への影響を考慮し、さらに本当に残薬がないか、嘘をいって過量服用していないかを、前回の調剤日から計算して本人は嘘をついていないと判断し、薬を渡しました。

 このように、1人1人の患者と、面と向かって話をし、考え、その結果を実行に移しているうちに、自分のやっていることに少しずつ自信が持てるようになりました。同時に、多くの人から感謝の言葉をもらえました。

※1 エマージェンシーサプライ 緊急時に限り、薬剤師が処方箋薬を処方箋なしで、患者に提供することができる。主に、「現在服用中の薬剤の治療継続をする目的」でこの権限を使う。詳しくは別記事を参照「カナダの薬剤師に与えられた特別な権限」

※2 処方箋トランスファー リフィル処方箋の移動を行うこと。リフィル処方箋を保管している薬局が、患者が薬の受け取りを希望する薬局に電話、またはFAXする。これにより、患者は毎回同じ薬局で薬をもらう必要はなくなる。

フレーザーレイク山火事.jpg薬局の前の風景。午後3時ごろ。普段は青い空が、火事による煙と灰で地獄のような色に染まってしまった。人々の会話や町の雰囲気は暗い感じだった。安全な領域に避難していく人、マイホームが燃焼することを心配しながら過ごす人、薬局に来て新しい火事の情報はないか聞きにくる人……みな、それぞれの事情を抱えているが、心の中に「不安」があるという点で共通していた。町を猛烈に襲う熱気はなく気温には影響はなかったが、火事による煙と灰で、大勢の客が薬局にマスクや吸入薬を求めにやってきた。

葉っぱのアイコン (1).png住人の健康を守り、町を守る

 町には住民よりも消火活動に関わる人の方が次第に多くなり、すれ違う車の多くが消防士を乗せていました。

 ある時、消防士が処方薬を取りに訪れました。

「このようなときにまで薬局を開いてくれてありがとう。いろいろと融通を利かせてくれて本当に助かるよ。町を支えてくれて感謝しているよ。こうやってお互いに助け合えることは素晴らしいね」

 命を張って働いている消防士さんにこのように話しかけてもらえたとき、「薬剤師をしていて本当によかった」と心から感じました。薬剤師と消防士の仕事は全く違いますが、町の住民を支え、守るという点で共通していることに気がついたのです。火事から逃げず、町の緊急事態に向かい合い、薬剤師の権限を行使して住民の健康を支援したことに誇りを感じました。

 今ならジョージが言う『町を守る』ことの重要性がわかります。

 薬局の薬剤師は一人で完璧に働いて完結するプロフェッショナルではなく、地域の中でこそ生きる職種です。人が生活する場所(町)で薬剤師が人々の健康を守る、それは、そのまま町を守ることにつながるのだと思います。

 フレーザーレイクでの経験は、町になじめず山火事と聞いて真っ先に「逃げよう」と考えていた私を大きく変えてくれました。いつのまにか町に愛着を持ち、「何としてでも町を守りたい」と思えるようになっていたのです。

 それを教えてくれた薬局や、地域活動を通して知り合った方々の優しさには感謝してもしきれません。

【コラムコンセプト】

薬剤師を取り巻く環境は日本と海外で違う。しかし、やっていることは本質的には同じ。患者のために薬を調剤し、鑑査し、投薬 (服薬指導) する。そして、その薬物療法を評価し、医師や他の医療従事者とより良い治療方法を再考していくこと。カナダの薬剤師事情を紹介しながら、日本での業務に取り入れられる方法を考えるコラム。

【プロフィール】プロフィール写真.jpg

1986年生まれ。名城大学薬学部卒。日本の病院薬剤師、調剤薬局、ドラッグストアで勤務した後、カナダへ留学。スプラットショーカレッジの薬剤師アシスタントプログラムを介し、Loblow pharmacyでインターン研修。2015年ブリティッシュコロンビア大学(UBC) CP3コース終了後、2016年カナダ薬剤師免許の取得。

blog: SHAWN'S WORLD
Twitter:@shinshinskysky

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