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第17回 この人たちの言葉に耳を傾けましたか?

島々の住民と共に生きる〜長崎県五島市・薬剤師奮戦記 ゆうとく薬局 平山匡彦

2019年01月07日 08:00

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「戦争はしたらいかんとです」

「先生、私は、勉強はしていません。でも、戦争はしたらいかんとです。それだけは分かります。私が言っとることは間違っとるでしょうか」

 その日、同行者の予定が合わず、私は1人で久賀島へ渡っていました。紙芝居方式の説明会にすると荷物が少なく1人でも移動は楽ですし、説明会も問題なく行えます。ただ、薬の相談や血圧測定なんかは若干もたもたしてしまいます。

 この日もなんとかかんとか無事に午前の部を終了することができました。同行者がいるときには、お弁当を買って島へ行きますが、今日は1人なので、どうにかなるだろうと手ぶらです。さて、ランチを求めてドライブです。まずは以前、アイスクリームなどを買ったことがあるお店に寄ってみました。

「すみません、パンとかないですか?」返事は「そんなものない」ということでした。以前置いてあったアイスクリームなどもなくなっているようです。

「お昼ごはんくらい抜いたって、死ぬわけでもあるまいし」と腹を括ります。1人薬剤師だとお昼を食べられないことなんてざらです。幸い、お薬説明会で実験に使用するために持ってきているお茶やジュースがあります。これでごまかすことにして、以前、薬の説明のために訪れた家を尋ねてみました。家の近くまで車で行くと、私を見つけたその家のおじさんが手招きをしています。

hisaka_seetaxi.jpg久賀島へ向かう海上タクシー

神様は存在していた

 呼ばれるとホイホイと入っていくのは性分です。おじさんは、台所のテーブルでビールを飲んでいました。「飲まんか?」と誘ってくれます。飲みたいのはやまやまですが、午後の部が残っていますし、車の運転もあります。

 座っていると、奥さんが「ご飯まだやろ。白ご飯しかなかばってん食べて行かんね」とのこと。なんと素晴らしいお誘いでしょうか。この方たち、とても熱心なクリスチャンなので、まるでキリストと聖母マリアのように見えてきます。久賀島は、きれいな水が豊富で米がおいしいと有名な島です。私は遠慮をすることも忘れ、ご飯と味噌汁だけでパクパクと何杯でもいけてしまいました。

 隣では、おじさんがいい気分で話しかけてきます。既に缶ビールが空になっていて、かなり良い心地のようです。奥さんに聞くと、その日の朝の日曜ミサのときにテレビの取材があったそうで、おじさんは一生懸命に熱弁をふるったとのことでした。

 そういえば、島の移動の道中、無料でレンタルできる電動の二人乗りの乗り物を、ご機嫌に乗り飛ばして遊んでいる若者たちとすれ違いました。きっとあの人たちだったのでしょう。

 ただ、おじさんはインタビューを受けて、どうも何か腑に落ちないところがあったようです。そのことについては、多くは語りませんでした。おじさんは一人ビールを飲み、おばさんは私に、どんどん食べろと言うだけです。そして、少し時間が経つと、酒に酔っているのか興奮しているのか分かりませんが、真っ赤な顔をして私に何度も何度も訴えかけるのです。

hisakarice.jpg久賀島の米

「私の言っとることは間違っちょるでしょうか」

「私は、勉強はしとりません。先生のように頭もよくありません。でも戦争をしちゃいけんということは分かります。私が言っとることはおかしいでしょうか。間違っちょるでしょうか。私は戦争はしちゃいけんと心から思うとです。絶対しちゃいけんとです。私は間違っちょるでしょうか」

 おじさんの目からは涙があふれています。おばさんは、横で困ったような顔をして、私に無言で頭を下げています。

「おじさんの言うちょることは、ひとつも間違っちょらん。おじさんが言うことを否定する人がいるとしたら、その人が絶対に間違っちょる。私はそう思う」

 おじさんは続けます。「私は戦争にも行きました」「あれ?おじさんの年だと戦争には行ってないんじゃ?」奥さんが横から「戦争には行ってません」まぁいいです。戦争に行っていても行っていなくても関係はありません。一食一飯の恩義でなく、戦争をしてはいけない。私は、おじさんの訴える言葉を聞いて素直にそう思いました。

mrmrs_altar.jpgおじさんとおばさんの家の祭壇

あなた方は、この人たちの言葉に耳を傾けましたか?

 後日談です。たまたま五島が出るからと観ていた某番組で、冒頭、そのおじさんが教会から出てくる映像が流れてきました。これか〜、と思った私は、最後まで番組を見通しました。でも言葉はひとことも流れませんでした。

 その番組を観て、その番組そのものよりも、この番組を作った人たちにとって、このおじさんの言葉って何なのだろう。そして、あの人たちに尋ねてみたい。

「あなた方は、この人たちの言葉に耳を傾けてみましたか? あなた方は、この人たちの心の中を覗いてみようとしましたか? あなた方は、この人たちの米を食べてみましたか? 島のおじさんやおばさんは、あなた方が撮影に来るからって、いろんなことを準備して、考え、そして訴えかけたはずです。なのになぜ?」

 この島は、人の心を、人の命を、人の祈りを特別に感じさせてくれる島なのです。今回は、お薬説明会の話が何もありませんでした。また、次の島へ行くことにしましょう。

五島曳船詩・福江島 堂崎天主堂

堂崎天主堂には人々の希望があふれている

 我が家の正月の最初のお客様は、毎年なぜか神父様に決まっていた。私は、当然お年玉を期待するわけだが、神父様は、イエスキリストが描かれたカードなどをプレゼントしてくれる。後で知るのだが、神父様は堂崎天主堂の神父様であったらしい。父親は、この神父様と一緒にキリシタンの歴史を調べたり整理したりしていたようだ。天主堂内部は、当時は通常の教会スタイルであったが、現在はキリシタンの資料館となっている。

 五島には数多くの教会があるが、地元の人たちがまず思い浮かべるのは堂崎天主堂であろう。岬に立つ赤レンガ造りの姿は、あらゆる角度から美しい。その歴史は古く、禁教解禁の後、五島のカトリック信仰の中心となるべく五島に初めて作られた教会とされ、1880年に仮聖堂が、1907年に現在の天主堂が完成。当時は、キリスト教を信仰する者にとっては待ちに待った希望の聖堂であったろう。

douzakichurch.jpg堂崎天主堂

 同時に、この地は宣教師の指導の下、人減らしなど悲しい現実から子供たちを救うべく、子部屋と呼ばれる養育院と、女部屋と呼ばれる修道院が作られ、人々に希望のある未来を授ける活動を行ったという。

stainedglass.jpg堂崎天主堂のステンドグラス

 また、天主堂周辺の海には、リンゴ岩と呼ばれる花崗岩のコアストーンやトンボロも観られ、訪れる者を飽きさせない。海辺は砂利が多いものの、小さな砂浜もあり夏は海水浴も楽しめる。砂利の中にハート形のものもあるので見つけるのも楽しい。

 この岬は、さまざまな悲しい歴史を優しく包み込み、人々の心や命を守ってきたのであろう。今も昔も堂崎天主堂には人々の希望があふれている。きっと訪れるすべての者に希望を与えてくれるに違いない。

heartstone.jpgハート形の石

【コラムコンセプト】

読者の皆さんは、薬局もなく薬剤師もいない離島があることを、そして、薬剤師とはどんな役割を担う医療者なのかを知らない人がいることをご存じですか。私は長崎県の五島列島にある福江島で、ゆうとく薬局という小さな薬局を経営している薬剤師です。長崎県薬剤師会離島対策委員会の活動として、東京大学の澤田康文教授との共同研究で、離島住民の医薬品適正使用に関する調査研究を行っています。これからしばらく、私の周辺で巻き起こったドタバタ劇を紹介させていただくことになりました。お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

平山匡彦ひらやまただひこ氏 プロフィール】

大学では、写真部やハンドボール部など複数のクラブを掛け持ちするなど充実した学生生活を送る。卒業後は、石川県金hirayamatadahiko.jpg沢市の徳久和夫先生、綿谷小作先生に師事し、その後、郷里の長崎県五島市へ戻り、平成10(1998)年よりゆうとく薬局を独立開業。仕事の傍ら、友人たちとNPO団体を設立し、タウン情報誌の発行の他、さまざまな島おこし活動を行う。薬剤師会の活動としては、平成29(2017)年現在、一般社団法人長崎県薬剤師会理事及び一般社団法人五島薬剤師会理事を兼任。長崎県薬剤師会の離島対策委員会に所属し、東京大学の澤田康文教授の指導による離島住民の医薬品適正使用の調査をきっかけとして、現在、薬局がなく薬剤師が存在しないような島々を巡りながら、薬の説明会や相談会を継続開催している。

ゆうとく薬局:http://www.yutoku-ph.jp

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