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第20回 ばあちゃん、もうすぐだからね

島々の住民と共に生きる〜長崎県五島市・薬剤師奮戦記 ゆうとく薬局 平山匡彦

2019年04月02日 11:00

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3人分のお弁当を持って黄島から黒島へ

 よく晴れた暑い夏の日のことです。

 私は、3人分のお弁当を持参して、黄島から海上タクシーで一人黒島へ向かいました。黒島へ行くと、ばあちゃんは、いつも「お昼ば食べていきなさい」と、あるときはサンドイッチだったり、あるときはトコロテンだったりと、食べ物を出してくれます。

 黒島には、ばあちゃんと娘さんのお二人しか住んでいません。島には当然、商店などありません。つまり私が食べさせていただいているものは、ばあちゃんたちが週に一度、船で島を離れて確保してきた大切な食料なのです。

 もったいないと断るのですが、「よかけん食べていきなさい」と出してくれます。

 なので、今回は逆に、ご馳走しようと考えました。お弁当は黒島へ行く前日、宿泊する黄島の民宿兼お寺の奥様に事前にお願いをしていました。

いざ、黒島へ

 「暑いからね。気をつけないといけないからね」と、お寺の奥様は、午前中の黄島でのお薬説明会・相談会が終わって、私がコーヒーをご馳走になっている間に、お弁当を詰めてくださいました。

 そして、そのお弁当を持って、民宿のオーナー兼お寺の住職をしている海上タクシーの船長さんと一緒に黒島へ向かいます。この黒島行きは、お薬説明会とは別に、実はもう一つの目的がありました。それは、玉之浦納の乱により、追われてこの島で自害した五島家の当主、宇久囲公の慰霊の石碑を、黄島の住職とともに探しに行くというものです。

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黒島へ着いた

ばあちゃん、どうしたの?

 ばあちゃんの家に着きました。「ばあちゃん、お弁当持ってきたよ。一緒に食べよう」と言って勝手に家の中に入りますと、なんだか様子が変です。薬の確認のために、ばあちゃんの部屋には何度も入ったことがあるので、そこへ行ってみると部屋中に血のついた布が散らばっていました。

「ばあちゃん、どうしたの?」と声を掛けると、「朝、散歩に行こうと思って外に出たら、玄関先でこけ倒れて肘を打ったんだけど、血が止まらない」とのこと。それって何時頃?と尋ねると、朝の6時前だといいます。既に午後1時なので7時間以上経っています。

 びっくりした私は、骨折はしていないかと思い、いろいろ確認しながら近くにあった布で押さえて止血をしようとしますが、全く血が止まる様子がありません。どうしようと考えているときです。私と一緒に黒島を探検する予定の海上タクシーの船長がやってきました。グッドタイミングです。

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ばあちゃんの家

ばあちゃん、福江に行こう

 血が止まる様子もありませんし、このままにしておくわけにもいきません。ばあちゃん親子の意向を聞きつつ、船長とも相談をして、福江島の当番医や二次医療機関など対応してくれそうなところへ連絡を取ります。一応、どちらもとりあえず受け入れは可能だとの返事をもらいました。また、五島市の黒島に関する担当者もいるとのことでしたので、そちらへも対応を依頼します。

 船なら私が乗ってきている海上タクシーがあります。海上タクシーはタラップなんかありませんので、ほぼ抱えながらの乗船です。船長にうまいこと船を操ってもらいながら、どうにか船の後方の椅子に座らせることができました。

 さて、どうしようと思ったときです。ばあちゃんがグタ〜っと脱力して動かなくなりました。そこで船長さんに、おばあちゃんの身体を支えていただきながら、血圧と酸素を測定。SPO2は97%でしたが、血圧が80/36mmHg、心拍数は51です。顔色も悪く、吐き気がするとのことです。7時間も出血していたのですから、貧血を起こしたのかもしれません。

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海上タクシーの椅子

ばあちゃん、元気でね

 福江島の港に向かいながら、市役所の担当者とも相談をして、港に救急車を呼んでいただくことになりました。救急隊員の方に、怪我をした状況と傷の状態やバイタルを報告、そして、内服薬の中にプラビックスが入っているので血が止まりにくいかもしれないと伝え、ばあちゃんに挨拶をして救急車が走り出すのを見送りました。

 私と共にばあちゃんを救急車まで送り届けた船長さんと市役所の担当者、なんだか共に戦った戦友のような仲間意識が生まれた気がします。ばあちゃんはその後、二次医療機関で治療を受け、当番医の方へも顔を出し、少し休んだ後、島へ戻ったとの連絡を受けました。また来年、元気なばあちゃんと会えるのが楽しみです。いろいろ大変でしたけど、とても良い経験をさせていただきました。

 さて、次はどの島へ行きましょうか。

五島曳船詩・嵯峨島 女岳

女岳に登るときは、時々寄り藪するのも悪くない

 嵯峨島の港から千畳敷まで行くと2つの道に分かれている。右へ行くと男岳の登山道となり、左へ向かうと女岳への道へつながる。男岳は高く雄々しくそびえ立ち、女岳は広く緩やかに広がっている。この女岳の中腹に、玉之浦納が一族郎党14人と自害して果てた地があると聞き、女岳へ登ることにした。自害した場所には、玉之浦納を祀るために小野神社が建てられている。その神社の傍らには自然石でできた碑も祀られ、今も島の方たちに大切に守られている。

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小野神社

 ひと通りお詣りを済ませ、女岳の山頂へ向かう。すると道路沿いの木陰に看板を見つけた。玉之浦納の砦跡の石垣があるという。折角なので寄り道してみようと思うが、そこに道はない。言ってみれば寄り藪であろうか。藪をかき分け、恐る恐る奥へと入っていくと、なんと大きな石垣が城壁のように積んでいる。これらの大きな石を、どこから切り出し運んできたのであろう。方角からすると、この石垣のさらに向こうが先ほどの小野神社である。このような水もない火山島の山奥を、なぜ最後の拠点として運び準備をしたものか。その考えたるや、今の私には想像もつかない。

23133_fort.jpg砦跡の石垣

 そう考えながら女岳の山頂へと向かう。山頂からの景色は広く外界に広がり、岸壁に目を向けると、岩肌には火山により生まれたこの島の歴史が深く刻まれている。下方には、その岩肌に叩きつける波が小さく見える。千畳敷で、すぐ間近で見る強くて一瞬で飲み込まれそうな迫力のある波よりも、山頂から眺めるそれは、ゆっくりと優しくさえ感じる。人それぞれの立つ場所や、ものの見え方が違うことで、同じものでも異なる感覚を得ることができるようである。

23133_onnadake.jpg女岳山頂より

 女岳に登るときは、時々寄り藪するのも悪くない。人にはそれぞれの時間の尺があり、どれが正解なんて誰にも決められないから。

【コラムコンセプト】

読者の皆さんは、薬局もなく薬剤師もいない離島があることを、そして、薬剤師とはどんな役割を担う医療者なのかを知らない人がいることをご存じですか。私は長崎県の五島列島にある福江島で、ゆうとく薬局という小さな薬局を経営している薬剤師です。長崎県薬剤師会離島対策委員会の活動として、東京大学の澤田康文教授との共同研究で、離島住民の医薬品適正使用に関する調査研究を行っています。これからしばらく、私の周辺で巻き起こったドタバタ劇を紹介させていただくことになりました。お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

平山匡彦ひらやまただひこ氏 プロフィール】

大学では、写真部やハンドボール部など複数のクラブを掛け持ちするなど充実した学生生活を送る。卒業後は、石川県金hirayamatadahiko.jpg沢市の徳久和夫先生、綿谷小作先生に師事し、その後、郷里の長崎県五島市へ戻り、平成10(1998)年よりゆうとく薬局を独立開業。仕事の傍ら、友人たちとNPO団体を設立し、タウン情報誌の発行の他、さまざまな島おこし活動を行う。薬剤師会の活動としては、平成29(2017)年現在、一般社団法人長崎県薬剤師会理事及び一般社団法人五島薬剤師会理事を兼任。長崎県薬剤師会の離島対策委員会に所属し、東京大学の澤田康文教授の指導による離島住民の医薬品適正使用の調査をきっかけとして、現在、薬局がなく薬剤師が存在しないような島々を巡りながら、薬の説明会や相談会を継続開催している。

ゆうとく薬局:http://www.yutoku-ph.jp

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