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『社会的処方』を知っていますか?

―患者さんの本音を聞いた薬剤師が取れる次のステップ

2019年04月09日 10:00

ハロー薬局薬局長 町田和敏

Cさんが働けない理由は

 糖尿病で通院中のCさん(64歳、男性)。薬局で顔を合わせる回数が増えるうちに、生活面での悩みも話してくれるようになりました。

 ある日、こんなことを打ち明けてくれたのです。

「実は、おっかぁ(奥様)が障害を持っていてね、下の世話も含めて、介護をしているんだ。本当はまだ、働きたいんだけどね」

図1.jpg

お話を重ねる中で、Cさんが次のように考えていることを確認できました。

  • ・働きたいが時間が取れない
  • ・奥様がデイサービスに行っている間なら働ける
  • ・介護を優先するため、時間の融通がききにくいことが働けない理由の1つだ

社会福祉協議会に仕事がないか相談

 私は「こうした事情を抱えるCさんに対して紹介できる仕事はないか」と考え、社会福祉協議会(社協)の友人に相談しました(ちなみに、この友人とは、私が運営に携わる『ケアカフェかまいし』で出会いました。ケアカフェについては、いずれ紹介したいと考えています)。

 率直に、「障害者の家族を介護するため働けないでいる方への就労支援ってありますか?」と質問したところ、釜石市社会福祉協議会、釜石地方森林組合、福祉支援を行う釜石市内の一般社団法人「ゴジョる」の3者による連携事業を紹介してくれました。東日本大震災で被災した高齢者らの社会参加をサポートし、生きがいのある活動の場を創出することを目的としているそうです。具体的には、地元のまきを商品化する事業です。「林業と福祉を連携させた新たな試み」と評価されており、関係者からは「コミュニティーづくりや生計、健康への不安などで引きこもりが懸念される被災地が抱える高齢者福祉の課題解決、持続可能な地域づくりにつながる取り組み」として期待が寄せられています1)

 仕事内容は、誰にでもできるもので、職場への送迎もあります。何より時間の融通がきくとのことで、早速Cさんに紹介することにしました。

Cさんの薬局への信頼は高まった

 結果から申し上げますと、Cさんはこの事業を利用することはありませんでした。「新しい仕事ができる自信がない」と言います。私はCさんの気持ちを尊重し、「また何か困ったことがあれば相談してね」と声をかけました。その後、仕事に関する相談はありませんが、つい先日は当薬局のパート薬剤師にタバコについて質問をしていました。

 初対面の印象と比べると、薬局がCさんから信頼されてきたのかなと感じます。本人に聞いてみないと分からないことではありますが、気持ちに寄り添いながら『薬局と患者さん』、『薬剤師と患者さん』としての関係を構築してきた結果かな、と思っています。これからもCさんからの相談に薬剤師として、医療従事者として、また同じ釜石市民として対応していくつもりです。

「社会的処方」を知っていますか?

 Cさんへの私の行動を紹介した今回の記事で伝えたいこと、それは「社会的処方」です。皆さんは社会的処方という言葉をご存知でしょうか?

 日本プライマリ・ケア連合学会では、『健康格差に対する見解と行動指針』で次のように説明をしています。

 “臨床現場における取り組みとして、「社会的処方」がある。医療と、地域社会で活動する行政機関やサービス事業者、福祉系の NPOといった多様な組織との連携を進め、患者の社会的なリスクに対して地域全体で対応することで、ケアの質の向上と患者の健康アウトカムの改善を達成するものである。英国は国民保健サービス制度の一環として導入を始めている 2)

 今回のCさんの事例では「仕事がしたい」という思いに対して、「仕事を紹介する」という社会的処方を試みました。社会的処方は、英国では盛んに行われており、うつ病患者さんに釣りや編み物の集まりを紹介し、うつ症状が改善した事例もあるようです。

 社会的処方は、薬局の薬剤師が活用可能な取り組みだと、私自身も考えています。今後も必要性を感じた場合には、患者の背景を考えた上で提案していくつもりです。

成功の反対は、失敗ではなく何もしないこと

 前回のBさんの事例もそうですが、私が紹介するのは、一般的な成功事例ではないかもしれません。私の薬剤師としての活動には、反省すべき点が沢山ありますが、患者さんとの継続的な関係性を築き、反省をいかしていくことこそが重要だと考えています。

「成功の反対は、失敗ではなく何もしないこと」という名言があります。薬剤師には、目の前の患者さんのために「何をするか」が求められているのではないかと思っています。

 今後も目の前の患者さんのために行動し続けていきます。

鵜住居ラグビー場(建設前・完成前).jpg
釜石は2019年に日本で開催されるラグビーW杯の開催地の1つです。写真は釜石鵜住居(うすのまい)復興スタジアムの建設前風景。東日本大震災で被災した場所に建設されたスタジアムに世界の名プレイヤーが集結し、観客が足を運ぶことは、町の復興を象徴しており、市民の希望でもあります。現在私も住んでいる鵜住居地域は、釜石の中でも特に被害の大きかった地域です

【連載コンセプト】
私たち薬剤師は、その存在意義について、多くの国民から懐疑的な目で見られています。薬剤師の存在価値とは何なのか、そんなことを考えながら、日々実践している活動の数々を紹介していきます。

また、実際に私自身が経験した事例を紹介し、そのときに考えたことも述べていきます。そして、なるべく読者の皆さんと一緒に考える場所にしたいとの思いから、『皆さんならこの場面でどう考えますか?』と投げかけた上で、次の回に私の行動を紹介するという構成で展開するつもりです。

と、ここまでコンセプトを書きながら、とても陳腐な文章になってしまいそうな予感がしますが、「へぇ、こんなことを考えている薬剤師がいるんだ」くらいの軽い気持ちで読んでいただければ幸いです。そして、読者の皆さんに何か少しでも感じていただければと思っています。

【プロフィール】

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大学入試4浪、国家試験1浪、と落ちこぼれ街道まっしぐら。昭和薬科大学へ入学し、サッカー部で自称監督として、七面鳥フォークソング部ではVocal&Bassとして、大学生活を謳歌する。卒業後、縁もゆかりもない釜石へ。浪人時代に思い描いた、ドイツに留学し、サッカーの指導者になる夢を叶えるため、保険薬局で働いて留学資金を貯めようと試み、有限会社中田薬局へ就職する。

東日本大震災を経験し、釜石でのさまざまな人々との出会いを経て、「この地域のために薬剤師として、人として、何ができるのか」と考え始めて今に至る。中田薬局・地域包括ケア担当者。ハロー薬局薬局長。ケアカフェかまいし支配人。有志の勉強会・釜石コンテント代表。

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