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第22回 「お薬手帳を忘れた!」

島々の住民と共に生きる〜長崎県五島市・薬剤師奮戦記 ゆうとく薬局 平山匡彦

2019年06月04日 08:00

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いざ前島へ

 前島は、奈留島の港のすぐ前にある島です。学校はないので子供たちは奈留島まで船で通っていたそうです。奈留島は、平成の大合併までは一つの自治体でしたので、それなりに大きな島です。小学校もあれば中学校も高校もあります。奈留高校には松任谷由美さんから贈られた愛唱歌『瞳を閉じて』の碑も建っています。

 余談になりますが、ある日、私が出張のために福江空港の待合室におりますと、どこかで見たことのある女性が立っておられました。「なんかユーミンに似てるけど」後で確認しましたら、奈留高校の記念式典に参加された帰りだったようでした。

 さて、前島の話しに戻ります。前島の人口は当時25人だそうです。しかし高齢化のため、その多くは介護老人施設や医療機関に入っていたり、あるいは子供さんのところへ引き取られているのが現状で、実際には、その半分程度しかいないだろうとのことでした。どこの島も同じです。

 福江島から奈留島までは高速船で30分。都会から五島へ移住してきた永井先生と福江の港で待ち合わせをして奈留島へ向かいます。この日は天気も穏やかで、とても快適な船旅となりました。そして奈留島の港で、都会から移住されて奈留島で唯一の保険薬局を開設されている山本先生と落ち合い、海上タクシーに乗り換えて3人での説明会です。

少ないながらも楽しい説明会

 会場となる住民センターは港のすぐ側です。開催予定時刻まで島の方たちと談笑したり、血圧を測定したりします。

 集まったのは5人。前島には大きめの集落が二つに分かれていて、それぞれ5世帯程ずつあるそうですが、どうしても集会所の付近にお住まいの方たちが中心となってしまいます。この日も紙芝居を用いて説明をしながら実験もします。それぞれの実験で色が変わると、オーッと控えめな歓声が起こり、薬は水で飲まなければならないことなど、それぞれ口にされていました。

 説明会終了後は、お薬相談会です。「ピリン系の薬を飲んで、昔、死にそうになったことがある。今はもう売ってないのだろうか」とのことでした。私は知っている限りのピリン系の成分が入っているOTC医薬品や医療用の医薬品の実名をあげて、「分からないときには、薬剤師へ直接尋ねて」とお願いをしました。

23492_maeshima_lecture1.jpg和気藹々とした説明会

 そして、それぞれの方の薬や健康相談を受けているときです。傍らに座っていた女性の方が「しまった~! お薬手帳を持ってくるのを忘れた。私も見てほしかった~」と言い出します。私は「お宅まで見に行きますよ。どうせ帰りの船はまだ来ませんから」と応えます。

「実は、薬が飲みにくいのです」

 私たちは、集まってきてくださった皆さんに挨拶をすませて、その女性について会場の外に出ます。その方は「すみませんね~」と言いながら、ニコニコと先頭を歩きます。なかなかの健脚です。

 「結構あるぞ」この島は、大きな島が2つくっついたような形状をしていて、それぞれ端の方に大きな集落がありますが、この方のお宅は2つの大きな集落の真ん中のくびれの部分にありました。早足で歩いても約10分。この女性、80歳を超えているのです。

 「このおばちゃんすごいね。こんなところからわざわざ歩いてきてくれたんだ。ありがたいよね~」いやいや、ほんとに感謝です。

 お宅に上がらせていただくと、缶コーヒーやお菓子などが次々と出てきます。遠慮しながら、まずはおばちゃんのお薬手帳を拝見です。

 手帳を見ながら薬の内容の説明をしていますと、「私は薬を飲むのが下手で、口の中で溶ける薬は飲みやすいけど、それ以外はのどを通らんで、ずっと口に残っている」とのこと。「私から薬剤師さんに頼んでおきますね」後ほど、剤形変更のお願いをします。

 そして、おくすり説明会には来られていなかったご主人の薬も見てほしいとのことでしたので拝見。薬を示しながら薬の説明をしていますと、なんだか薬の数がバラバラです。

「おじさん、薬の数がバラバラやけど」おじさん曰く「ちゃんと飲んどっとやばってな~。いつも数の合わんごとなる」これもかかりつけの薬局にお願いして一包化を提案します。

23492_maeshima_lecture3.jpg「ちゃんと飲んどっとやばってな〜 いつも数の合わんごとなる」

 今回は人数は少なかったのですが、なかなか密度の濃い説明会ができて満足です。「じゃあね。また来るけんね」と言ってお別れです。

 楽しかったね~といいながら、また来た道を戻っていますと、なんとおばちゃんが駆け寄ってきます。「全然手ば付けちょらんやったけん。みんなで飲んで。ほんとにありがとう」その手には缶コーヒーがありました。

23492_maeshima_cofee.jpg健脚のおばちゃん、駆け寄り手渡していった缶コーヒー

 こっちが感謝していたのに、なんて幸せな。やっばりやめられませんね。

 さて次はどの島に行きましょうか。

五島曳船詩・奈留島 江上教会

この教会が木立の中で佇む姿は、そっと咲く蕾のようでとても可愛い。

 久しぶりに江上教会を訪れてみた。50年ぶりであろうか。幼い頃、知り合いが江上小学校の校長となって赴任したので夏休みにしばらく滞在したことがある。

23492_egami_church1.jpg江上教会

 久しぶりに訪れると、すっかり景色が変わってしまっていて、ちょっと戸惑ってしまった。

 あの頃は常に子供たちの声が響いていた。私は学校そばの教員住宅に居候し、目の前の海で泳いだり、釣りをしたりして過ごしていた。ある日、岩場まで泳いでいるときに海面に顔を出すと、何やら泡が浮いている。なんだろうと思うと、岩場の上から子どもがおしっこをしているではないか。子どもたちはキャッキャッと声を上げながら海に飛び込む。何ともおおらかな時代である。

 その学校のすぐ傍に江上教会はある。この地区は、もともとキリシタンであった4家族が住み着いたのが始まりだそうだ。教会が建てられた1918年当時は50戸ほどの信者家族がいて、自分たちで資金を貯め、山を切り崩して教会を建築したという。クリーム色の板張りの壁に水色の窓枠がはめ込まれ、木立の中に佇む姿は、そっと咲く蕾のようでとても可愛い。ステンドグラスもないために、ガラスに自分たちで絵を描いたり、柱が立派な木材に見えるようにと手書きの木目模様を描いたと聞く。

23492_egami_church2.jpg江上教会の内部

 ふと、教会内部の隅の壁の落書きが目についた。この集落も、今ではほとんど人が住んでおらず、学校も閉校になっているが、この教会は学校のすぐ傍にあり、人がいつでも入ることができる環境にあったため、子どもたちの遊び場でもあった。この落書きは当時の子どもたちの手のものである。世界遺産に登録された今でも、この教会を守ってきた子どもたちがいた証が残っているのが嬉しくなる。

 この教会の中心に立ち、手を合わせ、そっと目を閉じてみると、この教会を中心として生活をしてきた人たちの息遣いが、すぐ傍で聞こえてきそうである。この教会は、集落の皆の心を包み、子どもたちがこの地を去った後も、きっと大きな花が咲くまで見守っているのであろう。

 この教会が木立の中で佇む姿は、そっと咲く蕾のようでとても可愛い。

【コラムコンセプト】

読者の皆さんは、薬局もなく薬剤師もいない離島があることを、そして、薬剤師とはどんな役割を担う医療者なのかを知らない人がいることをご存じですか。私は長崎県の五島列島にある福江島で、ゆうとく薬局という小さな薬局を経営している薬剤師です。長崎県薬剤師会離島対策委員会の活動として、東京大学の澤田康文教授との共同研究で、離島住民の医薬品適正使用に関する調査研究を行っています。これからしばらく、私の周辺で巻き起こったドタバタ劇を紹介させていただくことになりました。お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

平山匡彦ひらやまただひこ氏 プロフィール】

大学では、写真部やハンドボール部など複数のクラブを掛け持ちするなど充実した学生生活を送る。卒業後は、石川県金hirayamatadahiko.jpg沢市の徳久和夫先生、綿谷小作先生に師事し、その後、郷里の長崎県五島市へ戻り、平成10(1998)年よりゆうとく薬局を独立開業。仕事の傍ら、友人たちとNPO団体を設立し、タウン情報誌の発行の他、さまざまな島おこし活動を行う。薬剤師会の活動としては、平成29(2017)年現在、一般社団法人長崎県薬剤師会理事及び一般社団法人五島薬剤師会理事を兼任。長崎県薬剤師会の離島対策委員会に所属し、東京大学の澤田康文教授の指導による離島住民の医薬品適正使用の調査をきっかけとして、現在、薬局がなく薬剤師が存在しないような島々を巡りながら、薬の説明会や相談会を継続開催している。

ゆうとく薬局:http://www.yutoku-ph.jp

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