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誰でもできる学会発表

臨床研究初めの一歩

2019年06月13日 10:00

誰でもできる学会発表

医療法人社団徳仁会中野病院 青島周一

 2019年5月17~19日の3日間にわたり、日本プライマリ・ケア連合学会の第10回学術大会が、国立京都国際会館で開催されました1)。この学術大会で、筆者は「頭髪の抜け毛は春に少なく夏から秋にかけて増えるかもしれない」2)という研究について発表しました。本研究は、筆者が共同代表を務めるNPO法人アヘッドマップ3)の調査研究事業として行ったものです。同法人は保健、医療または福祉の増進を図る活動を主たる事業内容としていますが、身近な健康問題に関する疫学調査にも取り組んでいます。

積み重ねた本のアイコン素材2.pngこの記事で伝えたいこと

  • 疫学調査ってなに?
  • 疫学研究に挑戦してみる!
  • 研究を始めるためのステップ
  • 在野の研究者を目指して

積み重ねた本のアイコン素材2 (1).png疫学調査ってなに?

 薬学部教育の中で、疫学という学問を体系的に学ぶ機会は少ないように思います。衛生薬学や医薬品情報学といった学問分野の中で、断片的に学ぶにとどまっているのが現状ではないでしょうか。

 疫学とは「疾患頻度の分布と決定要因に関する学問」、あるいはもっと簡単に「病気の発生に関する学問」と定義されます4)。つまり、健康に関連するさまざまな事象の頻度や分布を観察することにより、どんな要因が健康状態に影響を及ぼしているのか、その関連性を明らかにする学問です。もし健康状態に悪影響を及ぼす要因が特定できたのなら、その要因との接触を回避することで疾病の予防を期待できます。歴史上、疫学が臨床に大きく貢献した事例といえば、喫煙と肺がんの関連性や、高血圧や脂質異常と循環器疾患の関連性を明らかにしたことでしょう。循環器疾患に対する治療薬は、多くの種類が上市され、実際に処方されていますよね。薬効評価や身近な健康問題を専門とする薬剤師にとって、疫学はとても重要な学問なのです。

積み重ねた本のアイコン素材2 (1).png疫学研究に挑戦してみる!

 疫学研究にはさまざまな手法があります。その中で、薬効評価を行う代表的な研究が、ランダム化比較試験です。しかし、ランダム化比較試験を実施するには莫大な研究費用や時間がかかりますし、倫理的な配慮も必要です。個人や薬局などの小規模施設で実施するには、ハードルが高いのも確かでしょう5)

 大規模な研究プロジェクトを立ち上げなくても、低コストで実施が可能であり、倫理審査が義務付けられていない研究手法として、①個人情報が保護されている、および非人道的な質問・調査がない横断調査(アンケート調査)6)、② 連結不可能匿名化された既存資料(情報・データ)のみを用いた研究の2つが挙げられます。連結不可能匿名化された既存資料のみを用いた研究とは、研究開始前から存在する既存資料が、個人情報と未来永劫結びつかない資料のみを用いる研究のことです。

 筆者らは、インターネット上で臨床医学論文の抄読会を行っていますが7)、その視聴者を対象に横断調査を実施しています。その結果、抄読会の視聴前後で、EBM実践を意識する機会や頻度を有意に増加させることが明らかとなりました。この調査結果は、プライマリ・ケア連合学会の第6回学術大会で発表8)した後、論文化され同学会の英文誌に掲載されました9)。 たとえ小規模な研究プロジェクトであったとしても、その成果を学会や論文で発表できるのです。

積み重ねた本のアイコン素材2 (1).png 研究を始めるためのステップ

 今回発表した「頭髪の抜け毛は春に少なく夏から秋にかけて増えるかもしれない」を例に、実際に研究を始めるまでのステップをお示しします。

 ドラックストアや薬局の店頭で、お客さん(患者さん)から頭髪の抜け毛について相談された経験のある方もいらっしゃるでしょう。市販で購入できる毛髪用薬の中でも、ミノキシジルはランダム化比較試験によりその有効性が検証されています。しかし高価な薬剤であることから、購入を躊躇するお客さんも少なくありません。また、筆者の経験では、相談してくるお客さんの多くは、薬がほしいというよりも、自分の抜け毛は病的ではなく自然なものだという確証を得たいだけのようにも思えました。

 明らかな男性型脱毛症(AGA)症状を有しているのであれば話は別ですが、『なんとなく抜け毛が多いのですが……』という相談に対して、『季節的なものですから心配ないでしょう』と明確に答えられたら、お客さんも安心するかもしれません。頭髪の抜け毛と季節に明らかな関連性があるのなら、抜け毛が季節的なものか、あるいは病的なのかを判断する有用なデータ(エビデンス)になるはずです。

■ステップ1-問いを立てる

 研究を始めるための最初のステップは問いを立てる作業です。臨床研究の対象となるような研究的疑問のことをリサーチクエスチョンと呼びます。

 臨床現場において、医師は、患者を1人診察すると、平均して5つの疑問を思いつくことが報告されています10)。薬剤師も臨床現場でさまざまな疑問に遭遇するかと思いますが、やみくもに問いを立てても現実的な研究にはつながりません。臨床研究の対象となるようなリサーチクエスチョンには、①対象となる患者集団②調べたい医学的介入や曝露因子③比較となる対照④検討したい臨床転帰(アウトカム)の4つの要素を含んでいる必要があります。今回の研究でいえば、①中年男性において、②夏や秋では ③春と比べて、④頭髪の抜け毛量は増えるのか? となります。

■ステップ2-先行研究を調べる

 リサーチクエスチョンを立てることができたら疑問の解決に向けて、参考となるような文献検索を行います。研究を始めるための2つ目のステップは、先行研究の網羅的な文献収集です。研究を行うに当たり、リサーチクエスチョンを解決するために参考となる情報が存在しないことを知らなければなりません。通常、研究成果として認められるのは、これまでに発見されていない知見を提供するもののみだからです。

 網羅的な文献検索を行うために複数のデータベースを使って検索することが望ましいですが、筆者はPubMed11)J-STAGE12)を使用して先行研究を検索しています。そして今回、抜け毛と季節の関連性についてあらためて文献検索をしたところ、参考となりそうな情報は2件の論文報告だけでした。

【論文①】Kunz M, et al. Seasonality of hair shedding in healthy women complaining of hair loss. Dermatology. 2009; 219(2): 105-10. PMID: 19407435

【論文②】Hsiang EY, et al. Seasonality of hair loss: a time series analysis of Google Trends data 2004-2016. Br J Dermatol. 2018 Apr; 178(4): 978-979. PMID: 29048738

 論文①は女性を対象とした研究であり、男性における抜け毛と季節の関連性について評価されたものではありませんでした。また、論文②はGoogleにおける「hair loss」という言葉の検索傾向と季節の関連性を検討しています。つまり、英語を母国語とする人たちを対象として、抜け毛に対する関心と季節の相関を見たデータなので、この研究結果をそのまま日本人に当てはめるのは難しいように思いました。

■ステップ3-研究デザインを決める

 先行研究を調査するメリットは、研究テーマの新規性を把握することだけでなく、類似した先行研究が存在した場合、その解析手法を学ぶことができるという点にあります。筆者らが行った研究は、論文②の手法を参考にしています。もちろん、実際の解析には統計学や疫学の基本的な知識が必要となりますが、さまざまな研究論文に触れるため、実践的な解析手法を学ぶべるのです。

積み重ねた本のアイコン素材2 (1).png 在野の研究者を目指して

 今回、筆者らが行なった研究のデザインは、かならずしも妥当性の高いものとはいえないかもしれません。とはいえ、参考となる客観的情報が存在しない状況において、本研究データを参照することは、臨床判断に少なからず客観性をもたらしてくれるでしょう。「エビデンスのレベル」などという言葉が使われるとこもありますが、大事なのはエビデンスそのものではなく、どんなエビデンスであっても、それを臨床でどう活用していくかです。

 学会発表や論文投稿は、大学や研究施設に所属している人たちだけが行えるもの、そんなふうに考えておられる方もいるかもしれません。しかし、ほんの少しの疫学・統計的知識と、「もやもやを鵜呑みにせず、自分で確かめてみたい」という思いがあれば、小規模のプロジェクトでも学会発表や論文投稿は可能なのです。臨床研究は臨床に関わる全ての人が実行可能な、継続的な学習スタイルの1つといってもよいでしょう。日常業務をこなす中で、さまざまな臨床研究論文に触れ、疑問に思ったことはとりあえず調べてみるという探究心を失わず、当たり前の価値観に流されないで、本当のところはどうなっているのだろうと問いを立ててみましょう。その問いに真摯に向き合うとき、あなたはもう、研究者の1人なのです。

 

 薬ビンのアイコン素材.png

【参考文献/脚注】

1)日本プライマリ・ケア連合学会の第10回学術大会 
2)青島 周一、桑原 秀徳、山本 雅洋『頭髪の抜け毛は春に少なく夏から秋にかけて増えるかもしれない』
3) NPO法人アヘッドマップ 公式サイト 
4) Kenneth J. Rothman. ロスマンの疫学―科学的思考への誘い(第2版), 2013,p11 ISBN-10: 4884123727 
5) とはいえ、中学生が執筆したアイスクリーム頭痛に関するランダム化比較試験論文が、英国医師会誌のクリスマス特集号に掲載されています(BMJ. 2002 Dec 21; 325(7378): 1445-1446 PMID: 12493658)。研究テーマによっては、大規模な研究プロジェクトを立ち上げなくてもランダム化比較試験の実施は可能です。
6) 倫理審査が義務でないだけで、研究者が自発的に審査にかけることを妨げるものではなく、また被験者の同意を免除するものでもないことに留意する必要があります。また、人を対象とする医学研究である場合には倫理審査が必要となるケースもあります。研究に関する倫理的配慮については、厚生労働省の公式サイトが参考になります。
7) 青島 周一、桑原 秀徳、山本 雅洋. 薬剤師のジャーナルクラブ-インターネット上でのEBMスタイル臨床教育プログラムの概要とその展望 ファルマシア. 2016 年 52 巻 10 号 p948-950 DOI: 10.14894/faruawpsj.52.10_948
8) 薬剤師のジャーナルクラブ~インターネットを活用したEBMスタイル教育プログラムの有用性~
9) J Gen Fam Med. 2017 Jun 21; 18(6): 393-397. PMID: 29264070

10) Ann Intern Med. 1991 Apr 1; 114(7): 576-81. PMID: 2001091
11) PubMedとは米国立医学図書館が運営する医学分野の代表的な文献情報データベース
12) J-STAGEとは文部科学省所管の独立行政法人科学技術振興機構が運営する電子ジャーナルの無料公開システム 

【プロフィール】

aoshimashi.jpg保険薬局勤務を経て、現在は病院薬剤師。NPO法人AHEADMAP共同代表。

普段は論文を読みながら医師に対して処方提案などを行っていますが、薬剤師によるEBMの実践とその普及に関する活動もしています。
公式ブログ:思想的、疫学的、医療について
Twitter:@syuichiao89

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