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第23回 医師からの依頼「患者さんのお宅へ行っていただけませんか?」

島々の住民と共に生きる〜長崎県五島市・薬剤師奮戦記 ゆうとく薬局 平山匡彦

2019年07月05日 08:00

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医師からの電話

 平成28年10月。10月は毎年、薬剤師会で「薬と健康の週間」の事業を行っています。今回はせっかくなので、五島の薬剤師会の事業として「お薬説明会・相談会」を大々的に行おうということになりました。なんと、医師も同行してサポートもしてくれるそうです。参加者を募ると薬剤師が13名、医師が2名参加してくれることになりました。いつもなら多くても薬剤師が3〜4名なので、これだけの大所帯となると、それなりに準備もたいへんです。

 そんなある日、ある医師から電話がありました。

「嵯峨島へ行くと聞いたのですが、ちょっとお願いがあります。ご夫婦とも脳梗塞の既往がありDOACを服用しているのですが、しばらく診察に来られていないのです。薬はとっくに切れているはずなので、私も声掛けはしているのですが、なかなか来ていただけません。薬剤師さんから、違った角度で話をしていただければ、もしかすると受診してくれるかもしれないので、よかったらお宅へ行っていただけませんか?」とのこと。

 今度の説明会、いろいろ楽しみになりました。

会場いっぱいの参加者!

 医師も含めて総勢15名。参加者が少ないと目も当てられません。こちらも人集めに躍起になります。偶然にも、島の小学校の校長先生が同級生ということを聞きつけ、藁をも掴む思いで頼み込みます。

 そして当日、なんと会場には、あふれんばかりの島の皆さんが集まってくれました。ほっと一安心です。

23748_goto23_lecture3.jpg会場いっぱいの参加者にひと安心

 いつものようにお薬説明会を行い、相談会にも多くの方が「お薬手帳」を持ってきてくれます。

「血圧の薬をもらって飲んでいるのですが、飲むとおしっこが早くなるので、外出しなければならないときには服用していない。よろしいでしょうか」「長崎の病院まで通っているのですが、長崎の薬局で薬をもらっていると、船の時間に間に合わなくなってしまうことがある。五島でもらうことは可能でしょうか」「この薬とこの薬、飲み合わせは大丈夫でしょうか」

23748_goto23_lecture2.jpgお薬手帳を拝見しながら相談に応じる

 医師のところへも健康相談に行かれる方がおられます。血圧や血糖測定のテーブルにも、皆さん並んで待っています。ちょっとした健康フェア状態になりました。とりあえずは成功でしょう。再び、ほっと一安心です。

23748_goto23_lecture1.jpg血圧や血糖測定のテーブルも人気

ここからが本番です

 参加者は、嵯峨島の千畳敷などを散策したら、お昼の船で帰るようです。私にとっては、実はここからが本番です。早速、医師から依頼をいただいたご夫婦のところへ地図を頼りに行ってみます。

 ここかなと思われる玄関を開け、「こんにちは〜」と声を掛けると、ご夫婦は玄関奥の部屋で横になっていました。

「だっか?」ーーそりゃあそうです。見知らぬ男がいきなりやってきたのです。どう見ても不審者です。むくっと体を起こしたご主人がこちらへやってきます。私は名刺を渡して、薬剤師であること、主治医からの紹介でやってきたことなどを説明します。なんとなく、不審者でないことだけは理解したようです。

 さて、改めてご主人の顔を見ますと、なんと眼元は腫れ、眉毛から額の部分には傷があります。

「おじさん、その怪我どうしたの?」「玄関先でこけて倒れた。フラフラすっし、ようコケ倒るっと」とのこと。

「おばさんは?」「おばさんは、ずっと横になっちょっだけで、ほとんど動かん」

 しばらく話を聞いていると、受診はしておらず、薬はとっくになくなっている。おばさんはすぐに怒るし興奮するので動かせない。フラフラするし、手足も思うように動かないので頻繁にこけ倒れるとのことでした。

 私は「今度の水曜日、島の診療所が開くから、とりあえず行ってみて。お医者さんにも話しておくから。絶対だよ。また来るからね」。

 おじさんは「わかった」と頷き、ニコッと笑ってくれました。この島の診療所は週に1回、半日だけ開くのです。帰り際、医師にも連絡を取ります。

 次の水曜日、ご夫婦は約束通りに診療所へ来てくれたそうです。私は、それから毎年、このお宅を訪ねることになります。

 後日談ですが、その後、親戚の方から連絡を受けた息子さんたちが両親の様子を見るために頻繁に帰ってこられるようになったとのことで、次の訪問時には息子さんといろいろ話をすることもできました。

 そしてまた次の年、奥さんの方は福江島の介護施設へ入所されたそうで、ご主人は一人で家におられました。今回は怪我もしておらず、身なりも清潔にされていました。ただ、会話をするとニコニコとして話は合わせてくれるものの、私のことは分かっていない様子でした。ご夫婦に対してした行動が正解だったかどうかは定かではありません。まだまだ勉強です。ただ、今回のことがきっかけで、新しい調査研究が計画されることになるわけですが、このことについてはまた今度。

 さあ、次はどの島に行きましょうか。

五島曳船詩・前島

この二つの島は、お互いを思いやり寄り添うように存在している

 前島は、奈留島の前にある小さな島である。この島は、隣にあるさらに小さな末津島とトンボロで結ばれている。その情景は、遠くからでも眺めることができ、久賀島へ行くたびに、あそこへ行って見たいと考えていたものである。

 トンボロは、干潮時にだけ現れ、末津島まで歩いて渡れる。前島へ降り立ち、海沿いの道を島の反対側まで歩いてみる。海には面白い岩が立ち並び不思議な光景である。もともとは無人島であったこの島に、キリシタンの人たちが移り住んだのが始まりと聞く。島には平地はほとんどない。よくもこんなところで生き抜いてきたものである。

 トンボロが見えてきたのでもう少しと思っていたら、トンボロを渡るためには、ひと山越えなくてはならないらしい。島の反対側から歩いて来た上での山登りは、かなり堪える。道は整備されてはいるものの、山を登り切ったら当然下りなければならず、膝が大笑いである。

23748_goto23_tombolo1.jpg山越えの道中、眼下に見えるトンボロの姿

 トンボロへ着いた。遠くから眺めていると、白砂だと思いきや、拳骨よりも大きめのつるつるした白い石が堆積した道である。こんなに大きな石が潮の流れで堆積するのであるから、自然というのは不思議なものである。地元の人に聞くと、以前は、島がつながったら隣の島へ渡り、貝などを採っていたという。トンボロはかなり長く、潮の流れも速い。帰りの道中はたいへんである。

23748_goto23_tombolo2.jpgトンボロは意外と大きな石が堆積してできている

 トンボロからの帰り、疱瘡墓があるというので寄ってみた。聞くところによると江戸時代に奈留島で疱瘡が流行した際、感染が拡大しないようにと、無人島である前島に遺体を葬ったとのこと。その一人が、奈留島の代官家のご子息であり、その傍には尼となり夫を弔った後亡くなった奥方の墓が寄り添うように建っていた。

23748_goto23_smallpoxtomb.jpg寄り添うように建つ疱瘡墓

 その寄り添う姿は、まるで、お互いを思いやり寄り添うように存在する前島と末津島のように思えた。この島には、お互いを思い合い、ゆったりした時間が流れていた。

【コラムコンセプト】

読者の皆さんは、薬局もなく薬剤師もいない離島があることを、そして、薬剤師とはどんな役割を担う医療者なのかを知らない人がいることをご存じですか。私は長崎県の五島列島にある福江島で、ゆうとく薬局という小さな薬局を経営している薬剤師です。長崎県薬剤師会離島対策委員会の活動として、東京大学の澤田康文教授との共同研究で、離島住民の医薬品適正使用に関する調査研究を行っています。これからしばらく、私の周辺で巻き起こったドタバタ劇を紹介させていただくことになりました。お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

平山匡彦ひらやまただひこ氏 プロフィール】

大学では、写真部やハンドボール部など複数のクラブを掛け持ちするなど充実した学生生活を送る。卒業後は、石川県金hirayamatadahiko.jpg沢市の徳久和夫先生、綿谷小作先生に師事し、その後、郷里の長崎県五島市へ戻り、平成10(1998)年よりゆうとく薬局を独立開業。仕事の傍ら、友人たちとNPO団体を設立し、タウン情報誌の発行の他、さまざまな島おこし活動を行う。薬剤師会の活動としては、平成29(2017)年現在、一般社団法人長崎県薬剤師会理事及び一般社団法人五島薬剤師会理事を兼任。長崎県薬剤師会の離島対策委員会に所属し、東京大学の澤田康文教授の指導による離島住民の医薬品適正使用の調査をきっかけとして、現在、薬局がなく薬剤師が存在しないような島々を巡りながら、薬の説明会や相談会を継続開催している。

ゆうとく薬局:http://www.yutoku-ph.jp

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