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夏休み企画!薬剤師の日常に潜む『藪の中』

アツい薬局をつくったる!#番外編・けいしゅけ夏の読書感想文 神田佳典 絵・ぺお

2019年08月09日 08:00

 まいど!けいしゅけ(@keisyukeblog)です☆

 夏といえば読書感想文、読書感想文といえば芥川龍之介に決まっているわけですけれども(決まってへんわっ!)、僕が選んだ作品は『藪の中1)』。

 ちなみに「藪の中」という言葉は辞書で調べることができるねん。その意味を見てみると、次のように記されていたわ。

“言い分がくいちがっていて真相がわからないこと”ーー三省堂 Web Dictionaryより

 まさに言葉の意味通り、『藪の中』において、武弘たけひろの死をめぐって当事者3名の語る証言は絶妙に食い違い、真相はさっぱり分からへんのです。

 そやけど、これって毎日のように自分も体験していることなんちゃうかなぁ?そんな視点で読み進めると、非常に興味深い物語なのです!

keisyuke_tanosimi_150.pngほんじゃ、『藪の中』について概要を紹介してから、薬剤師の日常にある“藪の中”な話をしようと思います〜。

876320_fire.jpgのサムネイル画像のサムネイル画像 『藪の中』って、どんな話なの?

 詳細は実際に「読む楽しみ」を残すために省くで☆

 主要人物である多襄丸たじょうまる(盗人)と真砂まさご(殺された武弘の妻)、武弘の霊の証言は以下の通りや。

多襄丸:武弘は自分が決闘の末、殺した

武弘を藪の中へ言葉巧みに誘い込み、縄で縛り、口には落ち葉を詰め込んで声を上げられなくした。続いて真砂を誘い込み強姦した。すると、真砂から「二人の男に恥をさらしては生きてはいけない」と言われたため、武弘と決闘した。ちなみに、決闘の最中に真砂は逃げてしまった...

真砂:無理心中しようと武弘を殺したが、自分は死にきれなかった

多襄丸に強姦されたとき、武弘から向けられた軽蔑の眼差しにショックを受けて気絶した。目を覚ますと多襄丸はその場から立ち去っていて、武弘は同じ眼差しを向けながら「殺せ」と言ったから殺した。しかし自分は死にきれず、こうして清水寺で保護されていることを情けなく思う...

武弘の霊:真砂が落とした小刀で自分の胸を突いた

強姦された真砂は多襄丸に口説かれた。真砂は多襄丸に「どこへでも連れて行ってください」「あなたと一緒に行くのなら、夫を殺してくれ」と言った。さすがに多襄丸もこれには興ざめして「この女を殺してやろうか?」と言ったが、真砂は隙を見て逃げて行った。多襄丸は縄を切り、その場を立ち去った。残された自分は真砂が落とした小刀で胸を突いた。その後、誰かがやってきて、刀を抜いて立ち去った...

 これらの証言に加えて、物語の冒頭で第一発見者が語る現場の状況は以下の通り。

「現場では男が帽子をかぶったまま、胸をひと突きにされて仰向けに倒れて死んでいた。傷は乾いていた。死体の近くには一筋の縄と櫛だけが落ちていた。周辺の草や竹の落ち葉は一面踏み荒らされていた...」

 これが物語の概要ですわ。

 武弘は胸を突かれて死んだこと、真砂は多襄丸によって強姦されてしまったこと、多襄丸が二人に接触したことは確からしい。とはいえ、武弘が死体となって発見されるまでの出来事は、みーんなバッラバラ。好き勝手言いよる。っちゅうか、自殺か他殺かまで違てるとか、なんでやねんっ!?ってなりません??

876320_fire.jpgのサムネイル画像のサムネイル画像すぐそばにある“藪の中”ーー或ル薬剤師ノ体験

 いやいや、そんな意味不明な話のどこがおもろいねん?と思わはるかもしれません。確かに、誰が嘘をついているのか?真相はどうなのか?という視点だけで見るとマジ卍な勢いで意味不明な物語ですわ。

 そやけども、それぞれが自分の立場(感情を含めて)や視点を基に、実体験を意図せぬ歪みを伴う形で語っているとしたら?って視点で読むと、これって...僕たちの実生活にありふれたことやん!って気が付くわけですよ。

 いやいや、ないからwww と思わはるかもしれません。

 ところがどっこい、まさにこのストーリーに描かれる構造と薬剤師が日常的に遭遇することって、リンクするんですっ!

keisyuke_laugh_150.pngこの物語で映し出されるのは、客観的事実に対して複数の異なる立場・視点が加わると、話が変わってしまうということやと思うねん。

それが意識的であれ無意識的であれ、僕たちは起こった事象を誰かに話すとき、強く印象に残ったものは鮮明に語り、意味のないものは(忘れてたりして)適当に言葉を紡いで帳尻を合わせてるだけやったりするんちゃうかなぁって。

takochukeodoroki_150.pngいまいちピンとこないでちゅ...具体的にどんなことがあるんでしゅか?

keisyuke_magao_150.pngそうやね...「骨粗鬆症治療薬に関する減薬提案の疑義照会」を例にして話そうか。

【薬剤師:薬に興味がある。患者さんは減薬説明に賛同したと主張する】

薬剤師が確認した処方箋には、ビスホスホネート製剤の他、VD3製剤とカルシウム製剤が処方されていた。他に出ている薬は眠剤だけ。確かに、ビス剤には骨折に対する予防効果があるものの2-4)、VD3製剤とカルシウム製剤にはあまり効果がないとされている5)

患者さんに減薬意思を確認すると「不必要な薬なのでしたら、減らしてほしい。よかったら、医師に確認してくださいませんか?」とのことだった。それならば、と、減薬を提案すべく医師に疑義照会した...

【医師:患者の病態・治療に興味がある。きちんと薬物治療の説明を行っており、患者は服薬に納得していたと主張する】

「本当に!? 今日は診察時に“転倒による骨折予防に必要だから出しているので、きっちり飲んでおいてね”って言ったところだったよ。患者さんは薬を減らしたいなんてひとことも言ってなかった」

【患者:健康情報に興味がある。医師には減薬意思を伝えたと主張する】

「先生から検査結果について説明を受けた後、カルシウム製剤は血管の石灰化につながると雑誌で見たし、サプリメントも飲んでいるから処方は止めてねって伝えたのよ。それなのに、聞いてくれていなかったのかしら...ほんならしゃーない、もらって帰りますね」

takochukenaku_150.png絶妙に話が食い違ってましゅ!!あれ?この話、結局、誰が話していることが事実なんでしゅか?最初の薬剤師さんが聞き取った患者さんの話と、最後に患者さんが話している内容もニュアンスが違いまちゅ...

keisyuke_magao_150.png真実は“藪の中”、やな。

言うてみたら、みんなホンマのことを話しているんちゃうかなぁ。そやけど、立場や視点が違うと注目しているところが変わってくる。すると、見たこと・聞いたこと・話したこと・考えていること...みんなそれぞれどこかに焦点が当たっていて、他の部分が抜け落ちた可能性があるねん。結果的に、何が事実なのかが見えなくなってしまったんちゃうかな?

876320_fire.jpgのサムネイル画像のサムネイル画像僕たちの生きる“真実が分からない曖昧な世界”

 薬剤師である僕は、処方内容を確認する際、同じような経験をするんです。っていうか、何を隠そう、例に挙げた話って実際に経験したことなんですわ。そして、こういったケースに対して「真実は藪の中」と感じるっていう...

 何が言いたいかというと、僕たちが生きる世界って各人に異なる背景があるわけですよね。それぞれが異なる立場や価値観、話す言葉で生きている。そやから、ある空間に複数の人が集まれば、そこは既に“藪の中”になりうる場面なんちゃうかなぁって思えるわけです。

 もしも“藪の中”を脱する方法があるのだとしたら、それは各人の言葉ではなく、物的証拠(それも複数)が存在することなのかもしれへん。ただ、それってムッチャ難しい気がするねん。医療現場で言えば、病院の中、診察室の中、薬局の中で起こる全てのことが、そこにいる人たちの主観を排除した記録として残されてなければならないんですもの。仮に、客観的事実をこれでもか!と積み上げることができたとしても、それだけで全てが解決するほど単純なものでもないような気がしますし...

 つまり、僕たちが生きているのは、『藪の中』に見る“真実が分からない曖昧な世界”なんかもしれへんなと思うんです。

『藪の中』の読後に残るモヤモヤ感は、薬剤師の業務においても示唆的なものだと思うんです。人と人とが絡み合う中で生じる事象において、不動の真実など存在しない...のかもしれないという実情を、誰もが了解事項とした上で「では、それをひっくるめてどうするか?」が、医療現場ではそれぞれの人に問われているような気がするんですよね。

引用文献

1) 「新潮」 1922(大正11)年 1月

2) Cochrane Database Syst Rev. 2008 Jan 23;(1):CD003376. PMID:18254018

3) Cochrane Database Syst Rev. 2008 Jan 23;(1):CD001155.  PMID:18253985

4) Cochrane Database Syst Rev. 2008 Jan 23;(1):CD004523.  PMID:18254053

5) Cochrane Database Syst Rev. 2014 Apr 14;(4):CD000227.  PMID:24729336

【コラムコンセプト】

けいしゅけが仲間たちとつくる理想の薬局!そこに待ち受けるさまざまな困難とは?困難に真っ向から対峙しさらなるアツさをたぎらせるけいしゅけが繰り出す必殺技の数々、震えて待て!

【神田佳典氏プロフィール】

keisyuke_prof_white.jpg総合病院前の調剤薬局で薬局長として働く薬剤師。2度の心臓手術を乗り越えて与えてもらった人生。誰かのためにその時間をアツく生きると決めました。薬剤師として誰かの役に立つにはどうしたらいいのだろう?そこで出会ったのがEBMであり、所属しているAHEADMAPでした。Passion×EBM×仲間が生み出すエネルギーを武器に、アツい調剤薬局をつくると日々奮闘中です!

ブログ:けいしゅけのブログ薬局

Twitter:@keisyukeblog

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